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【新刊無料公開】『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』第1章 経営戦略のための統計学(2)

ダイヤモンド・オンライン 9月17日(土)6時0分配信

 ベストセラー『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』の著者・西内 啓氏が、ついに待望の新刊『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』を発表。ダイヤモンド・オンラインでは、この『ビジネス編』の一部を特別に無料公開。ビジネスパーソンに必要な「統計力」の磨き方について、ヒントをお伝えします。

● 経営戦略を代表する理論

 経営戦略に関わる理論について、過去100年ほどの歴史を語ろうとすればそれだけで1冊の本ができてしまうだろうが、その中で最も代表的な理論を紹介するとすれば、多くの人はマイケル・ポーターによるSCP理論と呼ばれるものを挙げるのではないだろうか。

 彼の著した『競争の戦略』(ダイヤモンド社)は経営学史に残る名著であり、彼自身が長年ハーバードビジネススクールの看板教授でもある。ポーターはハーバード大学で経済学の博士号を取得したが、そこで学んだ産業組織論という経済学分野におけるSCPパラダイムから着想を得て、企業が利益をあげるうえで重要な経営戦略とは何かを体系立てた。

 産業組織論とは、産業ごとの市場構造あるいは競争形態を分析し、社会的に最適つまり「最大多数の最大幸福」のような状態になっているのかどうか、なっていないとすればどのような規制や産業政策が必要なのかについて考える分野である。

 また、ポーターに影響を与えたSCPパラダイムとは構造(Structure)、行動(Conduct)、業績(Performance)の頭文字をとったものだ。20世紀前半にハーバード大学を中心としたハーバード学派と呼ばれる経済学者の研究コミュニティにおいて、産業組織の仕組みは、市場の構造(S)があって→企業が行動し(C)→それらによって業績(P)が左右されるというメカニズムで捉えられていた。このような考え方に影響を受けたポーターの戦略論とは、平たく言えば、企業の業績が好調になるかどうかは、その企業がどう行動するか以前の「どんな市場構造のところでビジネスを営んでいるか」によって大きく左右される、というものである。

 なお、この時代の経済学者たちが社会的に最適な市場構造について考える必要があったのは、当時の歴史的背景と無縁ではないだろう。19世紀半ば頃から、トラストやカルテルといった公平な市場競争を阻害するような企業活動が大々的に行なわれ、一部の企業が大きな利潤をあげるようになった。その結果、アメリカ政府が独占禁止法を制定することになったのだ。これはすなわち「社会的に最適」ではない市場の構造に対する政府の規制である。一方で企業家側からしてみると、公平に競争せず独占的なポジションでビジネスを営むことは、この上ない利益の源泉でもあった。

 たとえばこの時代、石油会社の経営で財をなしたジョン・ロックフェラーは人類史上最高レベルの大富豪となったが、その過程で行なわれたことは競合企業の買収や秘密協定の締結、取引先への値引きの強要といったものである。そうした活動の果てに、国内の石油関連市場について彼の仕切る企業グループ(トラスト)は、独占的な市場構造を作り出すことで安定して巨大な利潤をあげることに成功した。

 独占をするとなぜ儲かるのだろうか?  その大きな理由の1つは、価格が自由にコントロールできるからである。アメリカで灯油を買おうとすればロックフェラーの会社から買うしかない、というのでは、彼の言い値で買わなければならない。これがもし独占されていない公正な市場であれば、競合他社はロックフェラーの会社より灯油を安い値段で売ることもできるし、そうしたほうが(おそらく)儲かる。だとすればロックフェラーも値引きを考えなければいけないが、独占市場であれば好きな利幅でビジネスを営むことができるわけである。

 あるいは、売るほうだけでなく買う側の立場でも強い交渉力が見込めるかもしれない。どこかで油田が発見されたとき、その土地の権利を買って価値を引き出すことのできる立場にある者が複数いれば、土地の権利者はより高い値段をつけた者に売ることができる。しかし、売る相手がロックフェラーしか存在していなければ彼らの言い値で売るしかない。競合相手がいなければいないほど、売上を上げられてコストも下げられるのであれば、利益をあげやすいのも当然のことである。

 こうした企業の利益と消費者の不利益は表裏一体でもある。複数の企業が価格競争していれば同じ品質の製品をもっと安く買えたというのに、企業同士の買収や協定で独占状態の市場構造が生じてしまったために余計なお金を使わなければならないというのは、社会の不利益だ。

 だから現在、企業の独占や寡占を規制する産業政策が取られるようになっている。以前、日本のソフトバンクグループがアメリカの携帯キャリアであるスプリントだけでなく、T‐? モバイルをも買収しようとして米規制当局からの承認が下りなかったことがあった。おそらくは、その背後にも市場が公正な競争環境にあるかどうかという産業組織論的な考え方が存在していたはずである。

 ポーターが行なった発想の転換は、経済学者たちが「社会全体の最適な状態」を考えて公正な競争を促そうとしたのに対し、逆に企業側の立場で、うまく業績(Performance)をあげようとするならば、行動(Conduct)以前の問題として、いかに競争しなくていい構造(Structure)の市場でビジネスを営むかを考えればいい、という戦略を考えたところである。

 もちろんロックフェラーほどのやり方はすでに法律で規制されてしまっているが、規制されていない公正な企業活動の範囲内で、商品の販売先や調達先といった市場環境に対して有利な立場に立つことができるのであれば、それがすなわち儲かる経営戦略であるとポーターは喝破したのだ。

● シンプルで美しいファイブフォース分析

 こうしたSCP理論に基づいて経営戦略を作るために彼が生み出した手法が有名なファイブフォース分析である。彼は競合する企業(Competitor)、原材料の仕入先(Supplier)、自社商品の販売先(Buyer)だけでなく、まだ市場にいない新規参入者(Entrant)と代替品(Substitute)という5つの要素に分けて、それぞれがどのように自社の利潤を削るような力を働きかけてくるかを『競争の戦略』の中で整理した。

 これらを全て詳細に紹介することは本書の主旨から外れるが、簡単に説明すれば、図表1‐4に示すファイブフォースとは次のようなことである。

 同じ産業内での競争は弱いほうがいいし、そのためには競合企業の数が少なく、特に大きなシェアを握っている競合企業もなく、差別化はしやすいほうがいい。さもなければ価格や設備投資の競争に巻き込まれて、利潤を得ることが難しい。

 また、こうした競争の激しさは、販売先や仕入れ先と自社との関係でも左右される。彼らの交渉力が強く、こちらが譲歩せざるを得ない状況が増えれば、それだけ仕入れのコストは高くつき、販売価格は引き下げなければならないのだから、やはり利潤はあげにくい。

 さらに、現状売っている商品について、競合企業と仕入れ先、販売先との関係に折り合いがついていたとしても安心はできない。なぜなら、まったく別の企業がその市場に参入するうえで、設備や研究開発、ブランディングのための投資や政府の規制といった障壁が何もないのであれば、自社が見つけられた優位な戦略はすぐに真似され、どんどん競合が増えていくために、やはり利益は削られることになるからである。

 あるいはまったく同じ商材ではなくとも、自社の提供する価値を代替するような製品が存在しているのであれば、やはりそことの競争によって利益を削ることになるかもしれない。仮にチューインガム市場で圧倒的なシェアを握り、強力なブランドイメージを作り上げて流通チャネルを押さえたとしても、顧客がもし同じニーズ(口寂しさを解消してリフレッシュしたいなど)を満たすにあたり、ミントタブレットのほうを好むようになってしまえば自社の事業は脅かされてしまう。

 こうした5つの要素との競争環境をチェックしたうえで、今後いったい、自分たちは主として何を売っていくのかを考えるのがポーターのファイブフォース分析である。

 前述のPPMなどとも整合的で、経済学的な考え方にもよく合い、何よりシンプルで美しいことから、こうしたポーターの考え方は広く浸透した。

● ポーターへの反証となった日本企業の躍進

 しかしながら、ポーターの考え方にも限界がある。仮にファイブフォース分析の結果、よく儲かる市場が明らかになったとして、おいそれとそこへ入り込めるわけではないかもしれないという点である。なぜなら、そのポジションが継続的に儲かる理由の中にはコスト的にか技術的にかはさておき、多くの会社にとって参入しがたいから、というものが含まれているのだ。自分たちの企業も「参入できない多くの会社」の1つとして、幸運にして儲かるポジションに入り込めた企業たちを羨ましがるだけで終わるのであれば、ファイブフォース分析などやるだけ無駄である。

 それに加えて、歴史的な事実として、ポーターの理論では明らかに説明がつかない成功を収めた企業が、1970~80年代の日本から登場したのである。

 この時期、たとえばトヨタやホンダといった日本の自動車メーカーは、現地生産を含め本格的にアメリカ進出に乗り出した。当時のアメリカの自動車市場はすでに飽和しており成長性も低く、フォードやGM、クライスラーといった強力な競争相手が大きなシェアを握っていた。日本の自動車メーカーは当時すでにアメリカ市場へ自社製品を輸出していたが、企業規模だけでいってもアメリカの競合とは何十倍という差が存在し、当然このような状況では小売の販売網などへの交渉力なども期待しがたい。

 これは、PPMでもポーターのファイブフォース分析でもまったく有望とは思えない状況である。しかしながら現代の我々がすでに知るところである通り、日本の自動車メーカーはこの後、日米貿易摩擦という外交問題に発展するほどのレベルでアメリカ市場を侵食することに成功した。

 あるいは、それまで一介のカメラメーカーであったキヤノンが、圧倒的なシェアと特許を押さえていたゼロックスが君臨する業務用のコピー機市場に進出したという事例も存在している。こちらも本来であればポーターに推奨されるような戦略ではないはずだが、実際問題として大成功を遂げたのである。

 では、このようなポーターのSCP理論の限界について、我々はどう考えればいいのだろうか? 

 その答えはポーターとは異なる側面に着目した、もう1つの経営戦略論にあるのだ。

西内 啓

最終更新:9月21日(水)18時45分

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