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日銀の総括的な検証並びにそれを受けての追加緩和策の予想 --- 久保田 博幸

アゴラ 9月18日(日)7時10分配信

日銀は9月20、21日の金融政策決定会合で「総括的な検証」を公表する。市場ではこの総括的な検証の内容と、検証を受けて何かしらの政策に対する修正があるのか、さらには今後の追加緩和を行う際にどのような手段を講じることができるかについて注目している。

総括的な検証を行うようにと日銀の企画部門を中心とした執行部に黒田総裁から指示が出されたのが7月29日の金融政策決定会合である。7月28、29日の金融政策決定会合の公表文では以下のように記されていた。

“「海外経済・国際金融市場を巡る不透明感などを背景に、物価見通しに関する不確実性が高まっている。こうした状況を踏まえ、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現する観点から、次回の金融政策決定会合において、「量的・質的金融緩和」・「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」のもとでの経済・物価動向や政策効果について総括的な検証を行うこととし、議長はその準備を執行部に指示した。」”

このときの決定会合後の総裁会見で黒田総裁は、「量・質・金利の3つの次元で緩和が可能であるということは先程申し上げた通りで、今、限界がきていることは全くないと思います」とコメントしていたことからもわかるとおり、これは市場の一部で指摘されていたような国債の買い入れの縮小、いわゆるテーパリングや評判の良くなかったマイナス金利政策の解除といった類いのものではないと予想された。

ただし、「総括的な検証」の内容については8月の段階では日銀執行部で取りまとめている最中であったとみられ、その内容が示されたのが9月5日のきさらぎ会での黒田総裁の講演となった。その講演のタイトルはそのものずばりの「金融緩和政策の「総括的な検証」となっていたのである。

この講演のなかでも「あくまで2%の早期実現のために行う検証ですから、市場の一部でいわれているような緩和の縮小という方向の議論ではありません。」と総裁はわざわざ強調していた。

総括そのものについては、いわゆるリフレ政策によって物価が上がらなかったという事実に対するある意味言い訳にならざるを得ないとみられる。実際に黒田総裁は、2%の実現を阻害した要因として、原油価格の下落、消費税率の引き上げ後の個人消費を中心とする需要の弱さ、新興国経済の減速やそのもとでの国際金融市場の不安定な動きなどすべて外部要因を指摘した。国債を大量に買い入れてマネタリーベースを思い切って増やせば物価は自ずと上がるといったはずではなかったのかと疑問を投げかけたいが、あくまでここは理由とされるものを羅列してくるであろうと予想される。

「予想物価上昇率」が政策効果によってどのように押し上げられ、また阻害要因によってどのような影響を受けたかとの説明もあったが、これも現実世界で予想物価を図るものが存在していない以上、机上の空論に近いと私は思っている。少なくともいまの日本の債券市場において物価連動国債のブレーク・イーブン・インフレ率などから予想物価を推定するのは現実的ではない。

そして今回の検証のポイントとなりそうなのが、「マイナス金利の効果と影響」という部分である。

“「マイナス金利政策は、国債買入れとの組み合わせによって、イールドカーブ全体にわたって国債金利の一段の低下に大きな効果をもたらしました。このことは、両者を適切に組み合わせることによって、日本銀行がイールドカーブ全体に影響を与えることができることを示唆しています。この枠組みはきわめて強力であることがはっきりしました。」”

日銀の金融政策で短期金利は操作できても、市場で形成される長期金利については操作できないというのがこれまでの日銀の説明でもあった。ところがどうやら日銀は長期金利を含めてのイールドカーブ全体を操作できるかのような説明となっていた。さらに効果については下記のような説明もあった。

“「これまでのところ、マイナス金利政策は、企業や家計の資金調達コストの低下にしっかりとつながっていることが窺えます」
「金融機関の貸出態度は引き続き積極的であり、マイナス金利による収益圧迫によって金融仲介機能がかえって悪化するというような事態にはなっていません。」”

“「もっとも、これらの点については、留意すべき事項が2つあります。ひとつは、あくまで、「これまでのところ」であって、この先、貸出等の金利の低下にどの程度波及するかは、一概にはいえないということです。そして第2に、預金金利がそれほど低下していない中にあって、貸出金利が大きく低下したということは、それが金融機関の収益を圧縮する形で実現しているということです。」”

ここが大きなポイントとなりうる。つまり今回の検証は2%の物価目標が達成できない理由を羅列するとともに、評判の悪いマイナス金利政策についての検証を加えてその修正を図ることと思われる。

“「一般的に、金融機関は、「短期調達・長期運用」を基本構造としているほか、調達の主な手段である預金金利がマイナスとなりにくいため、イールドカーブ全体にわたって金利水準が低下したり、短期金利と長期金利の差が小さくなることは、預貸金利鞘の縮小をもたらし、収益にマイナスの影響を及ぼします。」
「マイナス金利導入後、長期金利や超長期金利の水準が大幅に低下していますが、こうしたもとで、保険や年金の運用利回りの低下が見込まれており、貯蓄性の商品の一部で販売停止などの動きがみられています。」”

マイナス金利の弊害として金融機関の収益への悪影響、資産運用に国債金利のマイナス化が悪影響を与えていること、そして総裁は触れていなかったが債券市場の流動性のさらなる低下要因となっていたことも挙げられる。

“「マイナス金利付き量的・質的金融緩和を推進していくに当たっては、その強力なイールドカーブへの影響力と、一方で広い意味での金融仲介機能への影響を踏まえながら、判断していく必要があると思います。」”

ここが今回の検証の胆にあたる部分ではないかと考えられる。これについては総裁の講演を前にして突然出てきた櫻井日銀審議委員のロイターとの単独インタビューでもう少し具体的に説明がなされていた。そもそも櫻井氏は今年4月に日銀審議委員に就任したばかりで、メディアのインタビューに応じるのは今回が初めてだそうである。その櫻井委員から出たコメントが意外なものであったのである。

“「イールドカーブの形状をどう変えていくかも、可能性としては政策の選択肢に入る。検証作業の中でいろいろな議論が出てくるだろう。イールドカーブが予想を超えて下がったのは事実である。それによって効果はあったが、いろいろなコストも出てきた。それも踏まえて今後の政策の組み合わせを考えていきたい」(ロイター)”

たしかに日銀は特にマイナス金利政策の導入により、予想以上に国債利回りが低下していたことは認めており、これはむしろ成果のひとつとしていた。ところが、これは行き過ぎであり、これを検証するとともに、利回り曲線の形状を変化させる、つまりこの場合は一部の国債利回りを引き上げることが総括により出てきた解答のひとつと見る事ができるのではなかろうか。

超長期債と呼ばれる20年を超える期間の国債利回りは7月6日に20年債がマイナス0.005%をつけた後、ここがいわば高値(利回りとしてき最低)となり、じりじりと利回りが上昇していた。その上昇ピッチがここにきて顕著となっていた。その要因として、日銀の総括によって超長期国債の買い入れが減額されるのではとの観測があった。市場はある程度、日銀がイールドカーブの修正を図っているのではないかとの見方も持っていた可能性がある。

それではなぜ日銀が長い金利を上昇させたいのであろうか。正確には低下し過ぎた金利を何故修正したいのか、その目的も自ずと浮かび上がる。

日銀のマイナス金利政策で不評となっていたのは何か。ひとつは利ざやの縮小による金融機関への収益への悪影響である。これを手っ取り早く解決する手段はイールドカーブのスティープ化となる。つまり超長期の金利を上げることである程度解消される可能性がある。

足元の金利、つまり短いところのマイナス化についてはそのまま放置するか、もしくはいろいろとセーフティーネットをつけた上でのマイナスの深掘りをすることでイールドカーブをさらにスティープ化させることも想定しているのかもしれない。

国債利回りのマイナスにより資産運用に大きな支障が出ていた。MMFの償還などがその大きな事例となっていたが、それも多少なり解消させることも意図していている可能性がある。加えて10年債利回りあたりがマイナスからプラスに転じることになれば、そこにあらためて投資家需要も見えてくることになり、国債市場の流動性が回復する期待も出てこよう。

黒田総裁は9月5日の講演の最後に次のような発言もしていた。

“「例えば国債の引き受けや財政ファイナンスのように、「法律的にできない」あるいは「やるべきではない」という意味での限界は存在します。しかし、先程述べたとおり、例えば、今の枠組みの中だけで考えても、「量」・「質」・「金利」の各次元での拡大は、まだ十分可能だと考えていますし、それ以外のアイデアも議論の俎上からはずすべきではありません。」”

それではこの総括的な検証を受けて、日銀はどのような軌道修正を図り、追加緩和手段としては何が想定できるのかを考えてみたい。

軌道修正の柱となりそうなのが国債のイールドカーブのスティープ化であろうと考えられる。スティープ化には足元金利のさらなる引き下げも選択肢に入る。金融機関の収益に悪影響がでないようにセーフティーネットも構築した上での、マイナス金利の深掘りは選択肢として残る。量については超長期について微修正を行う可能性があるが、全体の量の変化はなくフレキシブルな国債買入に修正し、見た目では量が増えているかのような工夫を凝らす可能性がある。

それ以外のアイデアとしては、日銀が金融機関に資金を供給する貸出支援基金にマイナス金利を適用することや、外債購入なども選択肢に入るかもしれないが、いずれもあまり現実的ではない。貸出支援基金にマイナス金利を適用すると金融機関も貸し出し金利のマイナス化が要求される懸念がある。外債購入は為替操作と認識されるとそれは財務省の管轄であるとともに、米国からの批判を受けることも目に見えている。

このように今回の検証で日銀は、少しでも追加緩和余地を拡げようとするかもしれないが、むしろ量・質・金利ともに限界が近いことを示すことになる可能性もありうる。債券市場ではイールドカーブの修正は好感するとみられるが、それはつまり債券相場の調整も意味することで、金融機関は運用益の減少となる懸念がある。

為替市場や株式市場がどのような反応を示すのかは予想しづらいが、強力な追加緩和の可能性は想定できない以上、日銀の追加緩和期待での円安・株高はあまり期待できないのではなかろうか。これはECBも同様であり、結果として日銀やECBの追加緩和の行方より、FRBの正常化の行方の方が市場における焦点になりやすいように思われる。


編集部より:この記事は、久保田博幸氏のブログ「牛さん熊さんブログ」2016年9月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちら(http://bullbear.exblog.jp/)をご覧ください。

久保田 博幸

最終更新:9月18日(日)7時10分

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