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米名門大は不良コミュニティーにそっくり? 元ヤンキーが読むホンダ創業者の履歴書

NIKKEI STYLE 9月19日(月)7時0分配信

 半世紀以上続く日本経済新聞朝刊文化面のコラム「私の履歴書」。時代を代表する著名人が半生を語る自叙伝は、若い世代にどう響くのだろう。1962年に掲載したホンダ創業者の本田宗一郎さんの「私の履歴書」を、ちょうど80歳年下にあたる「元ヤンキー」で米国の名門カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)を卒業した鈴木琢也さんに読んでもらった。
◇   ◇   ◇

【本田宗一郎 ほんだ・そういちろう】

1906年静岡県、鍛冶職人の家庭に生まれる。22年小学校高等科を卒業、自動車修理工場で見習工として働く。46年本田技術研究所設立、48年本田技研工業(ホンダ)設立、社長に就任し、一代で世界有数の自動車メーカーに育て上げた。73年に社長退任、91年に84歳で死去。

【鈴木琢也 すずき・たくや】

1986年川崎市生まれ。中学生のころ、素行が荒れ暴力を繰り返す不良少年、いわゆる「ヤンキー」の仲間入り。高卒でとび職になる。その後、IT系資格を取得して上場企業に転職。さらに一念発起し、2013年にUCバークレーへ進学。15年卒業、人材育成支援のグロービス(東京・千代田)入社。マネジメントスクールの運営などを担当。著書に「バカヤンキーでも死ぬ気でやれば世界の名門大学で戦える。」(ポプラ社)がある。

■厳しい道が自分を成長させる

 今まで、私は厳しい道があったら、常にそっちを選んで進んできました。「厳しい道のほうが好き」というわけではないのですが、魅力的に見えます。私が大学に行こうと思ったとき、レベルの高さを重視していたわけではありませんでしたが「高いところに行った方が将来おもしろそうだな」と思ったのです。
 米国に最初に行ったとき、私は英語を全く話せませんでした。義務教育時代に勉強をさぼっていて、社会に出てからとても苦労しました。かつては難しいことをなるべく避けていましたが、留学をしたことで、難しいことも頑張れば乗り越えられることがわかりました。しかも、乗り越えた瞬間は充実感に満ちています。やっている瞬間は苦痛ですが、長い目でみたら勉強したほうが良かったと、今では本当に思っています。
 渡米してから語学学校で1日14時間は勉強しました。グーグルカレンダーで勉強をした時間は「黄色」、勉強とは関係ない時間は「赤色」、勉強ではないですが、学びにつながる時間は「青色」に塗って、時間を徹底的に管理しました。
 UCバークレーの3年次編入試験に合格したときは、何度も何度も「合格」の表示がコンピューターのエラーではないかと確かめたほどでした。

――私の履歴書から つねづね私の感じていることは、性格の違った人とお付き合いできないようでは社会人としても値打ちが少ない人間ではないかということである。世の中には親兄弟だけで会社を経営して、自分勝手なことをするような会社があるが、人材は広く求めるべきもので、親族に限っているようではその企業の伸びはとまってしまう。本田技研の次期社長は、この会社をりっぱに維持、発展させうる能力のある者なら、あえて日本人に限らず外国人でもかまわないとさえ思っている。(本田宗一郎「私の履歴書」第11回)
 本田さんは「人材は広く求めるべきだ」と書いています。日常生活の中で、どうしても同じスキルをお互いに争ってしまう部分ってあると思うんですよね。相手に勝つために、蹴落とすこともあるかもしれません。でも、それって本当は面白くないと思うのです。「自分の得意分野をどれだけ伸ばすことができるか」に力を入れるほうが楽しいのではないでしょうか。そして、チームの中で「お互いの得意分野を伸ばすことができる空気」をつくることができる人が、理想的なリーダーではないのかな、と私の中では思っています。人が、それぞれ違った技術や得意分野を生かしたチームって面白いと思うんですよね。UCバークレーの経験でも、そう思うようになりました。

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最終更新:9月19日(月)7時0分

NIKKEI STYLE

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