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学校教育をめぐる誤解と謎(16) ―急増・急減するいじめの件数 その正体やいかに!?

教員養成セミナー 9/19(月) 10:01配信

■子供たちが急にいじめをし始めた!?

 毎年、文部科学省が「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」という全国調査の結果を公表しています。通称「問題行動調査」と呼ばれるもので、具体的には「いじめ」「不登校」などの件数、年次推移などをとりまとめています。教員採用試験においても、その増減などがよく問われるので、受験生は確認しておくようにしましょう。

 この調査結果を眺めると、一つ不思議なことに気付きます。平成23年度から24年度にかけて、いじめの件数が急増しているのです。平成23年度が約7万件なのに対し、平成24年度は約20万件。実に2.8倍も跳ね上がっています。この間、一体何があったのでしょうか。

 もちろん、子供たちが急に“いじめ”をし始めたなんてことはありません。どんな漫画やゲーム、遊びが流行しようとも、いじめが3倍近くも増えるなんてことはあり得ません。いじめの発生構造がそんなに単純なものであれば、とっくの昔に根絶できているはずです。

 急増の理由は何か。一言で言えば“数え方”の問題です。すなわち、何をもっていじめとするかによって、統計値が大きく変動しているのです。

 平成23年、滋賀県大津市で中学2年生の男子生徒がいじめを苦に自殺する事件が発生し、いじめ問題が大きな社会的関心事となりました。平成24年度調査はそうした空気の中で行われ、いじめ調査はより厳密に行われました。その結果、前年度まではカウントされなかったような事象も「いじめ」と数えられ、全国統計は実に2.8倍もの増加となったのです。


■変わりゆく「いじめ」の定義

 調査結果をよく見ると、いじめの件数が急増しているのは平成24年度だけではないことに気付きます。過去には平成6年度、平成18年度にも、統計値が跳ね上がっています。理由は同様で、いじめの定義や調査方法などが改められたからです。

 “定義”が変われば、統計値が変わってくるのは、どのような調査も同じです。「日本人」の数も、「高齢者」の数も、「がん患者」の数も、定義を変えれば数は大幅に変わります。「いじめ」についても、これまで数回にわたって定義の変更が加えられてきました。例えば、平成17年度以前の定義は、次のようなものでした。

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(1)自分より弱い者に対して一方的に、
(2)身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、
(3)相手が深刻な苦痛を感じているもの。
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「なるほど」と納得できるような文言ですが、この定義については「一方的」「継続的」「深刻な」などの条件がネックとなって、問題とされるべき事象が見過ごされてしまうとの批判がありました。その結果、平成18年度以降は、次のように改められました。

当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。

 平成18年度調査で、いじめの件数が跳ね上がったのは、この変更によるものです。同時に、公表される数値の名称は「発生件数」から「認知件数」に改められました。学校が発見・確認できたものだけカウントした数値を「発生件数」とは言えないというのが主たる理由です。


■いじめを“定義”することの難しさ

 大津市で起きた事件を受け、いじめ対策を国レベルで行うべきではないかとの声が高まり、平成25年には「いじめ防止対策推進法」が制定されました。現在のいじめの定義は、この法律の第2条に示されています。

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いじめ防止対策推進法

第2条 児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。
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 かなり難解で分かりにくい日本語ですが、インターネットを通じた行為が追加された点は、現代的と言えるでしょう。これまでの定義と比べても、いじめとされる範囲は、過去最大にまで広がったと言えます。

 一方で、この定義では、到底いじめとは言えないような事象も、いじめになってしまうのではないかとの指摘もあります。例えば、いつも仲良しの4人組がいて、そのうち3人が偶然公園で出会い、遊びに行ったとします。それを知った残る1人が「仲間はずれにされた」と傷ついた場合、果たして“いじめ”と言えるでしょうか。3人に悪気はありませんでしたが、上記定義では、「人的関係にある」者の「心理的な影響を与える行為」により、子供が「心身の苦痛」を感じているという点で、「いじめ」と判定されてしまう可能性があります。これと類似する事例は、おそらく他にもあることでしょう。

 現在、問題行動調査は、この定義に基づいて行われていますが、こうした事例の取り扱いをめぐって、少なからず混乱が生じていると聞きます。児童生徒1,000人あたりの認知件数が、都道府県によって大きく違っているのは、あるいはこうした定義の曖昧さに起因している可能性もあるでしょう。

 そうした現状を踏まえ、現在、いじめの定義の見直し(いじめ防止対策推進法の見直し)を視野に入れた検討が、国レベルで進められています。しかし、どのような定義にしても、解釈に悩むグレーゾーンは出てきます。「セクハラ」や「パワハラ」もそうですが、人間同士のトラブルに“線引き”をするのは難しいものです。もちろん、より適切な定義づけを模索すること自体は不可欠であり、これが少しでもクリアになれば、現場の対策も立てやすくなるものと思われます。


※「教員養成セミナー2016年10月号」より

佐藤 明彦(『教員養成セミナー』編集長)

最終更新:9/19(月) 10:01

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