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ディーゼルをどうとらえるかで観る側の“プロレス頭脳”が問われる――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第182回(1995年編)

週刊SPA! 9月19日(月)9時10分配信

 とびぬけてビッグガイで、正義の味方=ファン・フェイバリットで、強さがわかりやすいこと。これがビンス・マクマホンが考えるところのニューヨークのチャンピオンの必須条件である。“ビッグ・ダディ・クール”ディーゼルのキャラクターはこの3つのリクワイアメント(必要なもの、資格、要求)をちゃんと満たしていた。

 どのくらい大きければいいのかというと、マディソン・スクウェア・ガーデンのいちばん上のほうの座席から見下ろしてもその大きさがしっかりとわかるくらいのサイズ、ということらしい。主人公はやっぱりベビーフェースでなければならない。そして、みんな=WWEユニバースが十八番のシグナチャー・ムーブをわかっていてくれて、いつも“それ”を使って勝つこと。定番のパンチライン(キメの台詞)があったらなおいい。

 チャンピオンの仕事は、観客をローターコースターに乗せ、ビックリさせたりドキドキさせたりして、最後は安心させ、ハッピーな気持ちでアリーナから送り出してあげることである。

 もちろん、ディーゼルがはじめからスーパースターだったのかというとそういうわけではない。どちらかといえば、ひょんなことからプロレスラーになってしまったタイプだった。本名は――90年代後半にはこちらのほうがはるかにビッグネームになるが――ケビン・ナッシュ。ホームタウンはミシガン州デトロイト郊外のトレントンという町で、ハイスクール時代はバスケットボールで地区MVPに選出されたことがあった。

 スポーツ奨学金を取得してテネシー大学に進み、卒業後はNBAのクリーブランド・キャバリアーズにトライアウトした。アメリカ国内に“空き”がないことがわかると、ヨーロッパに渡ってバスケットボールをつづけた。プロレスと出逢ったのはずいぶんあとになってからで、アメリカではこういうケースが意外と多い。

 1989年、ジョージア州アトランタのバーでバウンサー(用心棒)として働いていたところをWCWのエグゼクティブだったジム・ハード(当時)にスカウトされた。デビューしたときに最初に与えられたキャラクターは、マスター・ブラスターズというタッグチームの片割れのスティール。顔はペインティング。髪はピンク色のモヒカン刈りにされた。

 マスター・ブラスター・スティールのあとは、おとぎの国からやって来たグレート・OZ(オズ)。そのあとは黒髪に革パンツのヴィニー・ベガス。ビジュアル的にはこのときのキャラクターがディーゼルのモチーフになっているが、視覚的には新日本プロレスのリングにも登場した(1991年10月)蛍光グリーンの全身コスチュームのOZほうがインパクトがあった。おとぎの国の魔法使いOZはほんとうになにもできないレスラーだった。

 それからしばらくすると、革パンツに黒シェード(サングラス)のヴィニー・ベガスは、ショーン・マイケルズのボディーガードという新キャラクターでWWEの景色にまぎれ込んでいた。それほどネームバリューのある新顔ではなかったし、とびぬけて背が高いこと以外、これといったセールスポイントもなかった。

 ショーンのセコンドとしてリング下につっ立っていたディーゼルをしげしげとながめて、その潜在的なプレゼンス(存在感)を見抜いたのはビンス・マクマホンだった。

 蛍光グリーンのOZの姿をどんなに鮮明に記憶していたとしても、あっというまにスーパースターに変身してしまったディーゼルを知っていることにはならない。どんなにたくさんの情報を集めてみても、リング上で起こっていることをしっかりと目撃しなかったら、現在進行形のプロレスをほんとうにわかっていることにはならない。情報はあくまでも情報であって、いま問われている問いに対する答えにはならない。プロレスを観ること、知ること、理解することは、そこでそれをやっている人間を観察する作業である。

 ディーゼル=ケビン・ナッシュは、選ばれてスポットライトのなかに立った。ちょっとばかりとうの立ったボブ・バックランドを負かすことはそれほどむずかしいことではなかった。チャンピオンになったことで右手のコブシを天高く突き上げるキメのポーズが生まれ、長い脚でトップロープをひょいとひとまたぎしてリングに入ってくるルーティンがオリジナルの所作となった。

 ひとりのプロレスラーが――外側と内側が同時進行で――変化し、スーパースターとしての自我にめざめ、完成品になっていく道のりは、髪を長く伸ばしていくプロセスとよく似ている。よくなったり、悪くなったりしながら、だんだんとコレではないだろうか、という理想の形に近づいていく。ディーゼルのブルネットの髪はまだ伸びはじめたばかりなのである――。

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス講座」と書いたうえで、お送りください。

日刊SPA!

最終更新:9月19日(月)9時10分

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