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20分遅刻も「ほぼ時間通りでしょ」のリオで真剣通訳

NIKKEI STYLE 9/20(火) 7:00配信

 「五輪ジャンキー」を自称する英国で経営コンサルタントを営む西川千春氏(56)のリオデジャネイロ五輪ボランティア体験記。2回目は大会会場での奮闘ぶりをお伝えする。
 「大変、遅刻だ!」。リオオリンピック開会式の翌日、8月6日は活動初日だった。早速ワクワクしながらカラフルな黄色のユニホームに腕を通す。ズボンは長さ調節が可能で、さらにはジッパーで短パンにも早変わり。短足の日本人オヤジにもとてもフレンドリーにできている。配属になったリオセントロ会場は期間中宿泊しているアパートから40~50分かかるといわれて、午前7時半集合に余裕をもって6時15分に出発した。バス高速輸送システム(BRT)と呼ばれる高速バスがメインの交通手段だ。路線図を見るとまっすぐなので楽勝と思ったが大間違い。分かり易い表示がないので、どちら方面に向かっているのか、今どのあたりなのかが全くわからない。
 それでもグーグルマップを確認しながら(現地のSIMを買っておいてよかった)、ようやく目当ての会場に到着。乗っていた周りのブラジル人たちが一斉に「ついたぞ、ここで降りろ」と本当に親切だ。会話は全部ポルトガル語なのだが、こういうのは分かるものだ。あと15分ぐらいあるから大丈夫だろうと思ったのが甘かった。ボランティア用のチェックインはどこだ? ユニホームを着た案内係のボランティアが何人かいたが、向こうは全く英語が通じない。困っていると一人が腕をつかんでテントの方に連れて行ってくれたがそこでもない。そこになんと英語がわかるボランティア登場、まさに地獄で出会った天使だ。
 セキュリティーチェックを通ってようやく担当マネジャーのフェリペ君の出迎えを受けた。この時すでに20分遅刻。ゼイゼイしている私を見て彼が不思議そうに言う。「なに焦ってるの? ほとんど時間通りじゃない。初めてにしては上出来だね」と笑っている。初っぱなからブラジル流の洗礼を受けることになった。集まった同僚に聞いたらみんな同じ苦労をしてたどり着いたようだ。
 通常は展示会場として使われているリオセントロは地味の一言、「本当にオリンピック会場かよ」といいたくなる外観だ。もうちょっと派手に飾り付けでもすればいいのだが、多分経費削減なのだろう。実は当初の配属はゴルフ会場だった。結局、注目の松山英樹選手の出場辞退もあって、ゴルフ会場は一日だけでお役御免。リオセントロに送り返された。
 通訳チームの同僚たちは世界各国からの参加でほとんどが外国人。特に必要な言語ということで、中国人が多く集められていた。ソチ大会にも参加したロシア人もいる。日本人は東京外語大の学生、ロンドンの友人、ブラジル在住、アメリカから駆けつけた人、日系人も含めて10人ちょっと。全部で150人が仲間になった。7競技を行ったロンドンのエクセル会場の100人に比べても随分と大量に配置された。
 初日はボクシング、成松大介選手のインタビューで開始。国際オリンピック委員会(IOC)のホスト放送機関であるオリンピック放送機構(OBS)が担当する。通訳チームは試合をしているすぐ横の「ミックスゾーン」という場所で、報道関係者と一緒に試合を見ながら選手を待ち構える。成松選手は多弁で、試合後とは思えない饒舌(じょうぜつ)さだ。翌日は重量挙げの八木かなえ選手、卓球の丹羽孝希選手と続いた。私は五輪ボランティア経験者ということもあって、チームリーダーとして担当者の選択、指示、注意点の確認、OBSや他部署との調整も含めての対応だ。
 緊張する若い子たちを励まして送り出すのも重要な役目。通訳は経験がものをいうので、初めてやる人はなかなか大変。特にテレビの場合はカメラが回り、照明が当たり、前には有名選手、周りは報道のプロというすごいプレッシャー状態だ。ここで働くOBSや組織委員会の有給スタッフは普段いろいろな報道機関やイベントで仕事をしていて、2年に一度のオリパラごとに世界中から集まってくる、百戦錬磨の多国籍プロ軍団。皆腕一本で稼ぐフリーランスがほとんど。
 必然的に英語が標準語で、このサポートをするボランティアは英語ができないと話にならない。実は取材のジャーナリストは3万人近くにもなるので(ちなみに選手は1万人)、英語が得意なボランティアはメディアサポートに多く配置されるのだ。プロが取り仕切っているこの部門の運営は、さすがにスムーズだ。
 今回は卓球日本が大活躍だった。女子団体の銅メダルも立派だったが、水谷隼選手が男子初めての個人銅。団体は偉大な世界王者、中国に勇敢に立ち向かい立派な銀メダル。女子の活躍に隠れがちだった水谷選手もドヤ顔、うれしさ爆発のインタビューだった。今回はプロ通訳部長から直々に頼まれて、ひな壇の中央に座って女子チームのメダル記者会見まで担当することになった。通常はプロの通訳が担当するのだが、都合がつかずに駆り出された次第だ。終わるなり隣に座っていた「愛ちゃん」こと福原愛選手がさっと手を伸ばしてきて、「本当に、ありがとうございました」と握手してくれたのだ。元卓球部だった私にとって、このまま人生終わってもいいと思えた瞬間だった。
 一方で残念なニュースも伝わってきた。一部で報道されたように多くのボランティアが脱落してしまったことだ。外国人部隊の通訳チームはそれほどではなかったが、会場サービスやゴルフ会場のマーシャルをやった同僚たちに聞いてみると、初日から出てこなかったボランティアがかなりいたらしい。予定の半分の人数しか来ないところもあったという。さらに日を追うごとに脱落者が出る状態だったようだ。残念なことに資金難を理由に当初7万人のボランティアが5万人に削減されたのは大きな痛手だった。
 ただ仕事が大変になろうとも士気が高ければどうにか頑張れる。ブラジル人のパッションはものすごい。ブラジル愛も想像がつかないほど激しい。ところが一方で権力や体制といったものに対する信頼は非常に低く、常に支配する者に対して懐疑的、反抗的なのだ。したがって運営上の問題が起きて、特にボランティアへの負担として跳ね返ってくると、途端に士気が低下してしまう。
 運営に慣れていないので、現場のマネジャーは目の前の問題で頭がいっぱい。ボランティアのフォローができなくなる場面には何度も出くわした。今回勤務中の食事はかなり満足だったが(結構士気を維持するための重要ポイント)、忙しくて取れなかったり、場所によってはビスケットぐらいしか出なかったりしたらしい。マネジャーたちはボランティアたちを常に褒めることも重要なのだが、プレッシャーでそれどころではなくなり、反対に文句と怒りをぶつけだすケースも目撃した。絶対アウトだ。
 次回は私が体験したロンドン、ソチ大会との比較や、東京がリオから学ぶこと、そして何を目指すべきかを考えてみたい。
 にしかわ・ちはる 1960年、東京都生まれ。慶応大学法学部卒。アリゾナ州立大で国際経営学修士(MBA)。90年、日本精工の駐在員としてロンドンへ。その後英国に留まり、2005年に経営コンサルタントとして独立。日本スポーツボランティアネットワークのプロジェクトに特別講師としてかかわるほか、目白大学外国語学部英米語学科講師。
英国在住経営コンサルがはまった五輪ボランティア体験記(上)

最終更新:9/20(火) 7:00

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