ここから本文です

社員の意欲を維持するために経営者にできること 星野佳路(星野リゾート 代表)

本の話WEB 9月20日(火)12時0分配信

 軽井沢で創業した老舗温泉旅館を、国内外各地で高級旅館やリゾートを運営する「星野リゾート」へと成長させた。七月には、東京・大手町に塔の日本旅館「星のや東京」を開業。観光業界をけん引するリーダーの哲学に迫る。

 司馬遼太郎さんの小説はほぼ読んできましたが、一番印象に残っているのが、中学生の頃に読んだ『燃えよ剣』です。歴史上、明治維新の功労者と言えば政府側の西郷隆盛たちで、時代の流れに逆らって人を斬りまくった新撰組は悪者になると思うんですが、この小説を読んだことで土方歳三がヒーローになった。私にとっての“幕末の主役”が逆転したんです。その後、日本の歴史を学んでいく過程で、「世の中、見る方向によって“正義”は変わるんだな」と実感しました。若い頃に、社会の価値観とは逆方向からの視点を持てたことによって、バランス感覚が身についたと感じています。

 九一年に、この会社の社長となって以来、理論に基づいた「教科書通り」の経営をしてきました。課題を解決するための教科書を探すときは、書店に行くことが多いです。実際に本を手に取って目次をみて、ページをめくり、そこに解決策が書いてあるかどうかを見ます。流行りのビジネス書でもなく、経営者の自慢話でもなく、実証済みの理論であるかどうか――。良質のビジネス書は平台ではなく、ほこりをかぶりながら、棚に差されていることが多いんです(笑)。

『1分間エンパワーメント』は、私にとって一番、重要な教科書でした。今の星野リゾートの文化となっている「フラットな組織」という方向が間違っていないんだ、という自信を持たせてくれた本ですね。

 この本を読んだ当時は、経営者となりトップダウンで改革を進めていくなかで、社員が命令されて動くことに疲れていた時期でした。とはいえ、組織のリーダーというのは、経営判断をしなくてはいけない。各施設の総支配人も最終決定をしなくてはならず、組織にとって「トップダウン」は必要です。

 そのうえで、社員がモチベーションを高く維持して仕事をするために重要なのは「意思決定までに、どういう人間関係で議論ができるか」なのです。会社にまつわる情報、具体的には顧客満足度と収益に関するデータを公開し、メンバー全員が自由に発言できるフラットな関係性のチームを作る必要があるのです。そして最後はリーダーが決断を下し、責任を負う。フラットな議論ができる環境を作れば、顧客満足度と収益のバランスを自ら考えて動く社員が増えていきます。

 逆の見方でいうと、収益に責任感を持ちすぎている経営者が多いのかもしれません。私はアイデアをどんどん出すけれども、本当にうまくいくかどうか、実行に際しての精査は現場に任せます。これは楽ですよ。現場に権限を与えないと、言ったとおりにしか動かない社員ばかりになり、経営者は正しいことしか言えなくなってしまう。こっちのほうがしんどいです(笑)。

「部下を信じて仕事を任せるのは難しくないですか」と聞かれますが、私は「顧客から褒められたときに人間は嬉しいし、モチベーションが上がる」という人間の性質を信じているだけなんです。人は本来、知識や意欲というパワーを持っていて、最高の仕事をしようとする。経営者は、そういう環境を提供すればいい。

 ホテルという事業では、しがらみもあって社員が、厨房のシェフに「料理がまずい」とは言いにくい。お客様に美味しい食事を提供できれば喜んでくれるとわかっているのに、シェフに遠慮してできない。それが働く人のモチベーションを下げることになる。ところが顧客満足度を公開していると、レストランの満足度が低ければ、料理がまずいことが事実として共有できて、ストレスなく、顧客に喜んでもらうための行動がとれるんです。

 日常のいろんな場面で、思い出すのは、内村鑑三さんの言葉です。軽井沢を度々訪れ、「星野温泉旅館」に宿泊していた内村さんは、二代目の社長だった祖父と交流があり、「成功の秘訣」という直筆の十か条を残してくれたんです。第十条、「人もし全世界を得るとも其霊魂を失はば何の益あらんや。人生の目的は金銭を得るに非ず。品性を完成するにあり」を読み返すとともに、『後世への最大遺物』という講演録の一節が強烈に胸に響きました。内村さんはこう語っています。「美しい地球、美しい国、楽しい社会に何かを遺したい」と。人が社会に残せるものとはいったいなにか。内村さんは「勇ましい高尚なる生涯」と表現しました。どう生きたか、ということ自体を残せる、という概念は衝撃でした。

 内村さんの発想は、年を重ねるごとに、より心に響いてきます。これからも、経営者として「生き方」を見せていきたいと思っています。

お勧めの3冊

・『燃えよ剣』 (司馬遼太郎 著) 新潮文庫

・『1分間エンパワーメント 人と組織が生まれ変わる3つの秘訣』 (K・ブランチャード 著) ダイヤモンド社

・『後世への最大遺物・デンマルク国の話』 (内村鑑三 著) 岩波文庫

星野佳路(ほしの・よしはる)

1960年、長野県軽井沢町生まれ。慶応義塾大学を卒業後、アメリカのコーネル大学ホテル経営大学院修士課程へ。91年に星野リゾートの代表取締役に就任した

会社メモ:1914年に長野県軽井沢で星野温泉旅館を開業。事業内容を運営分野に特化させ、「星のや」「界」「リゾナーレ」の3ブランドを展開。7月には大手町に「星のや東京」を開業した

聞き手:「オール讀物」編集部

最終更新:9月20日(火)12時0分

本の話WEB

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

地球外生命を宿しているかもしれない1つの惑星と3つの衛星
地球外にも生命はいるのでしょうか?NASA(アメリカ航空宇宙局)の惑星科学部門の部門長であるジェームズ・グリーンと一緒に、地球外生命を宿していそうな場所を太陽系内の中で探してみましょう。 [new]