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最後の挨拶<Yome Yome メオトドクショリレー>

幻冬舎plus 9月20日(火)6時0分配信

円城 塔(作家)

 ■指定図書:『バトル・ロワイアル』高見広春

 きなこにまみれた黒蜜と、ラーメンスープに浮いた脂はつなげて遊ぶものなのでは。

 2015年の一月からはじまったこの連載も、いよいよ今回で最終回です。
 思い返すと、つらいことや悲しい事、ハラハラすることや落ち込むことがありましたが──ありましたが、なんでしょうね。
 妻の第一回目を読み返すと、どうして夫婦での仕事を受けるのを嫌がるのかと不審がっていますが、こたえはわりと簡単で、「理不尽な目にあうにきまっているから」です。こうして一年半以上続けてきて思うのは──、正しいぞ、昔の自分、ということですか。
 生じるだろう問題点を早めに抑え込んでおくための「ルール」でしたが、「そもそもルールを気にしない」という戦略に直面し、ルールには「ルールを守ること」という第一条を入れるべきでした。

 この連載の間、家庭内では色んなことがあったりなかったりしたわけですが、一番の大きな変化は、一年前と比べて体重がほんのわずかに減ったことかもしれません。今月の体重は74.6kg。結局ほとんどかわんないじゃん!  という話ですが、この調子でいけば、あと80年かからずに、一年あたり1kgの体重削減によりこの世から消滅可能です。「◯◯でダイエット」よりも、「ダイエットで◯◯」への転進というビジネスチャンスなのかも。「ダイエットで消滅」とか「ダイエットで行く涅槃」とか。
 体重の記録をつけていてわかったのは、やっぱり人間、冬は太って夏は痩せるんだなという当たり前といえば当たり前のことで、獣がおいしいのはやっぱり冬直前の秋なんだな、とか。

 といったところで妻からの最後の課題ですが、『バトル・ロワイアル』です。
 中学三年生のクラスをひとつ丸ごとどこかへ隔離し、最後の一人になるまで殺し合いをさせる政策、「プログラム」。ランダムに支給された武器を手に、手抜きができないように仕組まれたルールのもと、少年少女が生き残りをかけて戦います。

 映画化もされ、海外での評価も高く、古典への道を歩み出しているような『バトル・ロワイアル』。『バトルロワイアル』とか『バトル・ロワイヤル』とかタイトルを間違われ続けるのは気の毒な気もしなくもないです。
 今でこそ、ああ、バトル・ロワイアルもの、という感じがありますが、当時はやはり新鮮なものがありました。バトル・ロワイアルものと名前になるくらいですしね。ひとつのマイルストーンなのでは。
 ルール内バトルものは好きなのですが、たまに読むくらいでもあって、うーん、そうですね。がっつりルールに従うものでの驚きは、ルールの中で起こって欲しいという気持ちがあるからかもしれません。
 ルールものをつきつめていくと数学になるのかもという感じもあって、数学には、当たり前のことをルールに従って展開していくと、なぜか新しく見えるものが出てくるということが起こります。
 いやまあ、チェスとか将棋、碁あたりの、がっつりルールに従うゲームでも感動は生まれてくるわけで、ゲームを感動生成機械みたいに考えるととても奇妙な気分になるわけですが。
 その点、ルール制限を課された世界を小説で書く──というのは、どうも突き詰めづらいという感覚があります。小説は証明とかではないので当たり前なのですが。
 バトル・ロワイアルが将棋や碁、あるいは一般的なゲーム理論と異なるのは、まず第一に多対多の戦いであることで、多対多はあれですね。相互の協調関係がありうるので、解析が難しいです。なかなかうまい切り口は未だにみつかっていないのでは。
 もちろん、その協調関係の部分は人間ドラマでもあるわけなので、小説はやっぱりそのあたりの扱いが得意です。だからたまに読むのですが、出るたびに追いかけるわけでもない、という距離感でいます。

 前回、こちらからの指定本は『ソラリス』でしたが、自分の場合あのくらいの「人間関係」を考えるのがやっとで、『バトル・ロワイアル』級の人間関係は頭に入らないところもあります。妻は『ソラリス』を「不気味」と感じたようですが、こちらはその不気味さを日々暮らしているというところでしょうか。
 『ソラリス』では相手が人間なのかを考えなければいけないですが、『バトル・ロワイアル』ではそういうことを考えている暇はないわけです。考えているような人は死にます。
 でも『バトル・ロワイアル』的状況下ではほとんどの人は死ぬわけなので、そういうことを考えていて何が悪いという考え方もできるわけです。自分が最後の一人になれると考えるのはちょっと無理があるような。
 生きることなんて召使にまかせておけ、と言ったリラダンはおそろしく貧乏だったそうですが、バトル・ロワイアル環境下では、人殺しは召使にまかせてしまってもいいかなという感じがしたり。

 それぞれに異なる多様な意思が渦巻く世界──といったときに、僕は「異なる」の部分が気になり、妻は「多様な」の方が気になるという感じでしょうか。
 この連載を通じて僕は、妻の選書に窓越しにソラリスを眺めるような恐怖を感じ続けていたわけですが、あちらへ『バトル・ロワイアル』的多様性を提示できたかというと──わりとできたんじゃないかなあと思うのですが。

 連載全体は、予想よりもはるかにまとまらなかった、というのが正直な感想なのですが、これは、まとまらないだろうなあ、という予想を超えたまとまらなさに見舞われたということで、人間って面白いなということなのかもしれません。次元はもう、夫婦を超えて人間ですよ。人間、困ると人類愛とか大きなことを考えて気を紛れさせたりしますね。

 結局妻は最後まで、わからないを繰り返していましたが、やっぱり自分は、わからなさが好きなのだなと思うようになりました。こんなにバランバランな感じの夫婦なのに一緒にいるのは、(少なくとも一方は)そのバランバラン加減が好きだからということなのではないでしょうか。
 実際僕は結婚してから、興味がそれまで気にしなかった方角へ向いたところがあって、人間皆自分は正しいと思っているわけなので、興味の方向がねじ曲げられるのは苦痛なこともあるわけですが、こうならなければ見えないものはまだまだたくさんあったなあ、と思うわけです。だからやっぱり、素朴なところ、結婚してよかったなあと思っています。
 面白いなと感じつつ、変なの、ともつぶやいていますが。
 というようにもしかして、我が家は「相互理解が達成されると解散」という家庭なのかもしれません。じゃあ、相互理解をすすめようとする連載なんて危険じゃん、という話ですが、ここまでおつきあい頂けた方々にはおわかり頂けているはずです。
 まだまだ、全然、大丈夫。

 空中分解を続けるような連載におつきあい頂いた方々の忍耐に感謝します。
 妻にはそうですね。色々なニュアンスと、軽さや重さを一緒にこめて、
 よろしく。


■円城 塔(作家)
1972年北海道生まれ。東京大学博士課程修了。
2007年、『オブ・ザ・ベースボール』、『Self-Reference ENGINE』でデビュー。
2012年、『道化師の蝶』で芥川龍之介賞受賞。2014年、『Self-Reference ENGINE』で Philip K. Dick
Award, special citation 受賞。
現在大阪に作家の妻と在住。
最近気になっているものは東海道。

最終更新:9月20日(火)6時0分

幻冬舎plus

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