ここから本文です

企業にとって最も大切なものは理念とビジョン。経営者として「キャリア開発があたりまえの世の中」を実現する(アデコ株式会社 代表取締役社長 川崎 健一郎さん)【前編】<HR業界TOPインタビュー>

日本の人事部 9/20(火) 7:30配信

アデコはスイスに本社を置き、60の国と地域で人材派遣、人材紹介、アウトソーシングなどの事業を幅広く展開する人材サービスの世界トップ企業(売上高第一位)です。アデコグループはすべての働く人々の“better work, better life”の実現を目指しています。日本法人では2020年に向け、「キャリア開発があたりまえの世の中をつくる。」というビジョンを掲げていますが、このビジョンを策定したのが、2014年に日本法人の代表取締役社長に就任した川崎健一郎さん。川崎さんは新卒で、技術系人材サービス会社の株式会社VSN(当時の株式会社ベンチャーセーフネット)に入社。営業手腕を認められ、入社からわずか11年後、33歳の若さで当時上場企業だったVSNの社長を任されます。そして、リーマンショックの影響から会社を立て直す過程でアデコグループへの参加を決断。その2年後に、日本におけるアデコグループのトップに抜擢されました。川崎さんがちょうど40歳の誕生日を迎えた2016年7月15日、これまでの経験と転機、経営者としての人材サービスへの思いと展望などについて詳しく伺いました。

経営者を目指した学生時代。企業訪問したのは一社のみ

―― 川崎社長はかなり早い段階から「将来は経営者になる」という目標を持たれていたそうですね。

最初に意識したのは高校3年生の夏でした。私は中学、高校とずっとバスケットボール部に所属していて、高校時代は全国大会を狙うような強豪校のキャプテンとして、毎日、バスケ漬けの生活を送っていました。ところが、高3の夏にインターハイ予選で敗退してしまい、急に考える時間ができました。周りの同級生を見ると、みんな大学受験の準備をしている。自分も同じように大学に行くのかなと漠然と思った時、果たして、自分は将来何になりたいのだろうと、初めて真剣に考えました。

それまでやっていたバスケットボールは、時間管理にとても厳しいスポーツです。その影響もあってか、自然に「時間」に対して意識を強くもっていたのでしょうか。将来のことを考えたとき、「唯一、人に平等に与えられているのは、『時間の流れる速度』だけだ。時間を有効活用できれば幸せな人生につながるはずだ」という思いに行き当たりました。

では、時間を自由に使える仕事とは何だろうか。17歳の私は「社長であれば、時間を自分の思い通りにコントロールできるのではないか。好きな時に働いて、好きな時に休みをとって遊びにいけるぞ」と答えを出しました。今思えば実に単純な発想でしたが、この時、初めて、将来は社長、経営者になりたいという明確な目標を持ったのです。

―― 青山学院大学理工学部に進まれ、就職時に選ばれたのが株式会社VSNでした。

経営者になるという目標があったので、大学では学問や研究をするよりも、なるべく社会に触れる機会を多く持つことを心がけました。アルバイトも営業の仕事をやってみたり、ビジネスの第一線で活躍している先輩方の話を聞ける機会があると積極的に出かけたりしていましたね。

そして、いよいよ就職活動が始まる時には、自分なりに会社選びの条件を考えていました。まずバブル崩壊以降に設立された会社であること。景気が良くない時期にあえて起業する、とがった会社ですね。でも、資本金は1億円以上ぐらいのある程度の規模の会社。そして、そのビジネスが今後発展するであろうおもしろそうな業界の会社であること。この三つの条件で会社を探しました。

しかし、そんな条件に合う会社はなかなか見当たりません。大学3年生で仲間たちは企業訪問などに行っているわけですが、私は就職したい会社がない。それで、いったん就職活動はやめようと思って、カナダにワーキングホリデーに行く準備を始めました。当時から必ずグローバルの時代が来る、英語力が必須になると言われていましたので、まず英語を身につけておくのもいいなと考えたのです。

そんな時期にたまたま、大学の就職部でVSNのパンフレットを見つけました。設立は1997年。できてからまだ3年も経っていない。資本金は3億円くらいで、従業員数も200名程度。事業はアウトソーシング。最初は「アウトソーシングって何だ?」と思いましたが、調べるうちにこれは非常におもしろそうだなと思い、将来の起業や独立のためにも、勉強できそうな環境だと感じました。

そこで、ワーキングホリデーに行く前に一度だけ会社説明会に行ってみることにしたのですが、その年のVSNはエンジニアしか募集していませんでした。しかし、私は「希望職種=営業」と書いて提出しました。大学時代に接した社会人の先輩方から、「経営者を目指すなら絶対に営業職は経験しておけ」と言われていたからです。確かに、営業部門のない会社はありませんし、「営業がわからなくて企業経営はできない」と思っていました。

当然、営業職は募集していないと言われましたが、「私は営業がやりたいんです」と主張し続けたところ、「最初の3ヵ月はしっかり技術の研修を受けてほしい、エンジニアの世界がわからないと営業もできないから」ということで、まずはエンジニアとして採用されました。設立3年目のベンチャー企業ですからいつ倒産するかわからないリスクもありますが、それだけ経営に近く、いろいろな経験ができる絶好のチャンスだと思えました。

1/3ページ

最終更新:9/20(火) 7:30

日本の人事部

記事提供社からのご案内(外部サイト)

日本の人事部

株式会社アイ・キュー

毎週更新

無料

日本最大のHRネットワーク。企業研修、採用
、評価、労務などのナレッジコミュニティと
して、イベントや雑誌などと連動しながら
「人・組織」に関する課題解決をサポート。

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。