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コンピュータに短歌は詠めるのか 偶然が生む、その面白さ 『偶然短歌』 (いなにわ・せきしろ 著)

本の話WEB 9/21(水) 12:00配信

忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は俵万智さん。

万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校

 この一首ができたとき、特に下の句が嬉しかった。当時自分が勤めていた高校の名前が、そのまますっぽり収まった。校門のところにも、学校の封筒にも、記されている「神奈川県立橋本高校」が、なんだか照れくさそうに喜んでいた。

 こんなふうに、現実世界にある言葉の連なりが、短歌の一部に収められることは珍しくない。が、そのすべてが「偶然にも、現実世界に存在していた五七五七七」だったら、どうだろう。

 コンピュータのプログラムによって、ウィキペディアから抽出された五七五七七。それが「偶然短歌」と名付けられた。名付け親は、プログラムを作ったいなにわさん。偶然短歌発見装置ともいうべきプログラムによって、ウィキペディアからは5000首もの偶然短歌が見つかったという。その中から100首を選び、作家のせきしろさんがコメントをしたのが、本書である。

その人の読む法華経を聞きながら眠りについて、そしてそのまま

「まゆあげ」の表情が付き、「そうなの?」とたずねるような表情となる

財産のキャンディを全てもらえると聞いて一時は心がゆらぐ

 どうです? 偶然とは思えないような余韻があって、私にはとてもおもしろかった。いや、偶然だからこその余韻かもしれない。言葉の海のなかから、五七五七七のコップですくいあげられた塊たちは、その前後や周囲の風景を、いやおうなく想像させてくれる。さらに、せきしろさんの軽快なコメントが、ユーモアたっぷりで飽きさせない。

「短歌は五七五七七だけが決まりなんだ」と初心のころ、先生に教わった。それでは、偶然短歌も短歌と言えるのだろうか? という議論は必ずあるだろう。今のところ私は、客観的には短歌だけれど、主観的には短歌ではない、かなあ、と、思う。

 けれどもっと大事なことは、偶然短歌がもたらしてくれる面白さや喜びだ。短歌の魅力の一つに「リズムにのったとき言葉が輝く」ということがある。そこを意外な形で拡大して味わわせてくれるのが、偶然短歌の醍醐味ではないだろうか。

新宿区西新宿と大阪市北区梅田と名古屋市中区

 せきしろさんは、こうコメントする。「……単なる住所が短歌の型に綺麗にはまっているのを見るとその偶然性と美しさに驚き、同時にある種のカタルシスさえ得る。」

 学生時代、私は中野区に下宿していた。実はそこの住所が五七五七七だった。ぴったり当てはまることに気づいたとき、同じような気持ちになったことを思い出す。

東京都中野区野方一丁目30の7 加藤様方

 数字と大家さんの名前は変えてあるが、音数は実際のものと同じだ。三十年以上前の偶然短歌である。

俵 万智(たわら・まち)

1962年、大阪府門真市生まれ。早稲田大学文学部卒。1986年、『八月の朝』で角川短歌賞受賞。1988年、『サラダ記念日』で現代歌人協会賞受賞。2004年、評論『愛する源氏物語』で紫式部文学賞を受賞。2006年、『プーさんの鼻』で若山牧水賞受賞。その他の歌集に『オレがマリオ』、エッセイ集に『旅の人、島の人』など。

文:俵 万智

最終更新:9/21(水) 12:00

本の話WEB