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毎日、丁寧に出汁をとる 美味しい出汁をとれることに感謝<京都のぜいたく、小さな暮らし>

幻冬舎plus 9月21日(水)6時0分配信

永松 仁美
永松 仁美

 出汁(だし)――。日本での食事には必須といっていい、大切なもの。
しかし、現代社会で生活する我々は、ついつい「だしのもと」などの便利調味料で、手を抜いてしまいがち。
しかし、出汁は毎日、丁寧にとることが、豊かな生活の基本なのです。
出汁をとるということは、素材を大事にいただくことに他ならないのです。

 * * *

 出汁をとる

 今となっては私も現役主婦であるわけですが、結婚したのが20歳だったこともあり、花嫁修業的なことはなにもせず、短大を卒業するとそのまま家庭に入りました。

 ですから、それまで母が仕事をしながら作ってくれた料理が、自分のレシピの全てでした。母は、どんなに忙しいときでも、食卓には必ず手料理を出してくれました。
 手早く簡単に、しかし化学調味料は使わず、素材にこだわることを徹底していた――その姿勢こそ、母から受け継いだ、ありがたい教えでした。

 私が育った街は、祇園です。
 私立の小学校に行っていたために近所に友達が全くいなかったので、毎日一人、この街を自転車で徘徊して遊んでいました。
 午前中に走っていると、仕出し屋さんやお料理屋さんの換気扇からお出汁の香りが漂ってきます。これがたまらなく好きな香りでした。出汁の香りにも様々な種類があることを、小さいながらに分かるのが自慢でした。
 生節を炊いてるな、ちりめんじゃこと満願寺を炊いてるな……なんてね。
 もしかすると、私にとっての故郷の香り、いや京都の“におひ”はこれなのかも知れません。
 我が家も、夕飯の時分に帰れば、母が同じようにお昆布と鰹で美味しいお出汁をとっています。豆皿で味見しながら……。
 こんな当たり前が、今の自分が作っている食事の基盤になっていたのだと今更ながらに思います。

 たった10分足らずでとれるお出汁ですが、便利な生活に慣れている方は、その10分を省いて、出汁のもとなどを使うことも多いようです。
 でも私は、その“10分”をかけてお出汁をとるたびに、忘れず思うことがあります。
 私が使うお昆布や鰹節は、京都の『うね乃』さんで何時も買い求めています。
 こちらのご主人の出汁に対する情熱が素晴らしいのです。毎月、自らの足で現場に向かい、北は北海道、南は鹿児島……とまさに日本列島を縦断されます。それだけでも凄いこと。
 そんなご主人から“生きた現場”のお話が伺えるのも、私が『うね乃』さんに行く理由です。鰹節は、気が遠くなるほどの時間と手間暇をかけて丁寧に作られているということ。お昆布は、日本の最北端の利尻島の荒波の中で大事に育まれ栽培されていること……。そうやって大切に作られたものが、はるばる京都に届くのだそうです。
 それらが届くと、そこからは自分たちの責任。『うね乃』さんでは、今もすべて、機械に頼ってはいない。昔ながらに、職人の手と勘によって、最高の状態にもっていく。そんなふうに、社長のお話は続きます。
 京都の和食は、この方たちあってこそ。和食の基本はお出汁。京都の和食が世界から憧れられるのは、お出汁を守ってくださる方がいてこそ、なのです。確実に、そう言い切れるでしょう。
 さあ!  お湯を沸かして10分。この時間を、もうめんどくさいだなんて言えなくなりませんか。
 お店には、いつもご主人と奥様がお店にいらっしゃるので、お話を直接うかがうことができます。それはとても有難いことです。おふたりから伺えるのは、まさに生きた言葉。そのお陰で、先人の知恵や、第一次産業の大切さを、身に沁みて知ることができます。
 今こそあらためて日本の伝統を見直し、守っていこうと努力なさっている方々のご苦労を思いながら、今日も夕飯を用意する私でした。


■永松 仁美
京都生まれ。日本全国のファンを持つ、京都・古門前の老舗骨董店の長女として育ち、結婚、子育てを経て、2008年京都・古門前に店を構える。2012年祇園に移転し「昂KYOTO」をオープン。京都で出会った古いものと現代作家の作品をとりあわせたモダンな誂えを提案し、自店のグッズのデザインやショップのコーディネートを手掛ける。雑誌連載も多数。

■永松 仁美
京都生まれ。日本全国のファンを持つ、京都・古門前の老舗骨董店の長女として育ち、結婚、子育てを経て、2008年京都・古門前に店を構える。2012年祇園に移転し「昂KYOTO」をオープン。京都で出会った古いものと現代作家の作品をとりあわせたモダンな誂えを提案し、自店のグッズのデザインやショップのコーディネートを手掛ける。雑誌連載も多数。

最終更新:9月21日(水)12時0分

幻冬舎plus