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木村拓哉は正義漢か生意気か 元マネが指摘した「不器用さ」とSMAP解散

週刊女性PRIME 9/21(水) 6:21配信

結成以来、リーダー中居と双璧でSMAPを引っ張り支えてきた“兄貴分”。いつしかカッコいい男の代名詞となり、視聴率男と呼ばれ、何をするにも世間の注目を集める存在に。不断の努力に裏打ちされて漲る自信と実力。そんな憧れの男にも迷いや誤算はあった─ 裏切り者─。

 SMAP解散騒動で国民的ヒーロー木村拓哉に捺されたのは、不名誉な烙印だった。

「ダッセーと思うことはやりたくない。カッコつけマンだから、俺」

 誤解を恐れずに取材の場でも公言していた木村。メンバーの中で唯一の妻帯者であり、家族のために事務所残留を決意するのは不自然なことではない。「生意気」と言われることはあっても、嘘の嫌いな正義漢として通してきた。その素顔はどんな男なのか。

「あいつは最初からカッコよかった。レッスンを重ねたわけじゃないのに、歌も踊りも上手にこなして。生まれ持った才能を感じたよね。人前では見せないけど、陰でかなり努力してたんじゃないかな」

 SMAPのリーダー・中居正広は、出会ったころの木村をこう評していたと女性誌記者が振り返る。木村はスターになりそうなオーラのようなものをすでに放っていた、と。

「最初の印象がすごかったですね。すごいきれいだった。みんな、そのころは元気いっぱいの子どもたちでしたが、その中で木村くんだけは、さっさと色気をつくっちゃった」

 木村はどんな子ども時代を過ごしてきたのか。

《オヤジにボコボコ殴られて育ちました。おかげでというか、ものすごく負けず嫌いなんです。たとえば、ちっちゃい頃、オヤジとキャッチボールするでしょう。すっげぇボール投げるんですよ。“取らねーと、痛ぇぞ!”って。もう必死で取るしかないよね》(JUNON'94年9月号)

 本人も明かすように負けん気の強い性格になったのは、父親の教育の賜物のようだ。

「習っていた剣道の先生の話では、かなり厳しい稽古でみんな稽古中に泣くんだけど、木村くんは泣いても向かってきた。倒れても竹刀を離さない。そういう根性があったとか」(前出・女性誌記者)

  木村の母親は雑誌の取材にこう明かしている。

《中学のころ、同級生の女の子のお母さんが亡くなったんです。“料理の仕方がわからなくてかわいそうだから、教えてあげて”って家に連れてきたことがありました》

 中学時代は体操部の花形、女の子にもモテた。将来は獣医を夢見ていたという木村の転機は中学3年生。叔母が知らないうちにジャニーズ事務所に写真を送り、連絡が来て家族は騒然となった。本人は、芸能界に興味はなかったが。

「断りに行ったのに、“ちょっと踊ってみて”と言われたそうです。で、やってみたらできなくて。ほかの人はカッコよく踊ってるのが悔しくて、やる気になったんだとか」(テレビ局関係者)

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最終更新:9/21(水) 6:21

週刊女性PRIME

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