ここから本文です

邦画“日本語字幕つき上映”のメリットと課題ーー『シン・ゴジラ』『君の名は。』の実績から考える

リアルサウンド 9/21(水) 11:16配信

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第8回は“邦画日本語字幕版上映”について。

 いまだなにかと話題が尽きることのない『シン・ゴジラ』ですが、少し前に話題になった“日本語字幕つき上映”が大変好評でしたので、僕の働く立川シネマシティでは2016年9月24日(土)~30日(金)の1週間、アンコール上映を行うことを決定しました。1日3回上映があるうち、2回を日本語字幕つきにします。劇場サイズもケチなことはいわず、382席と302席の最大級の劇場で上映します。

 「日本映画で日本語を話しているのに日本語の字幕つき?」と疑問に思われた方もいらっしゃるでしょう。これは主に聴覚に障がいを持つ方のための上映なのです。“バリアフリー上映”と呼称されることもあります。そのため、ただ台詞を文字でなぞるだけでなく、(車の音)(着弾音 ドーン)などの効果音表示や台詞の前に話者の名前が表示されたりすることもあります。

 『シン・ゴジラ』は出演者ほぼ全員の台詞が早口言葉のスピードで話され、しかも専門用語満載であるため、すべてを正しく聴き取ることはかなり困難な作品です。このため、健聴者であっても熱心なファンが駆けつけてくださり、あの台詞は実はこの漢字だったのか、などという新しい発見もあって、ファンならば字幕版を観るべし、という空気も生まれました。これを受けての再上映というわけです。

 さて、この日本映画の日本語字幕版上映ですが、定期的に行っている劇場はまだまだ多くありません。2000年初頭くらいから上映が行われ始め、当時はフィルムでしたから、これはかなり面倒でした。大きな映画でも数本しか字幕つきフィルムは焼かれませんでしたから、この数本を全国の映画館で3日~4日上映しては別の劇場に送るという感じで順番に回していたんですね。

 現在はデジタル化されたことで、フィルムのような物理的制限はなくなり、字幕データを入れればどこの映画館でも同時に何百スクリーンでも上映できます。このためシネマシティでは現在、上映期間を1週間に延ばしています。以前は4日間しかないのだからと全上映回を字幕つきで上映していましたが、期間を延ばしたので、ついていない上映回も選択できるよう、半分を字幕つき、半分をなしで上映するスタイルにしています。そのことでトータルの上映回数は多くできました。全曜日をカバーできたので、都合もつけやすくなったのではないかと。

 設備的にはほとんどすべての映画館で上映できるにも関わらず、なぜ上映館や上映日数・回数が増えないのでしょう? 答えはシンプルです。お客さんががっつり減ってしまうからです。

 例えば最近シネマシティでは『君の名は。』の字幕つき上映を行ったのですが、その初日9月17日(土)の11:20からの回で売れたのは、382席中、約270席でした。一見「え、スゴい入ってるじゃん」と思うでしょう? ご存じの通り、現在『君の名は。』はとてつもない記録的大ヒットになっています。加えてシネマシティでは【極上音響上映】というベテラン音響家に作品に最適な音響に調整してもらった特別な上映スタイルで行っているということもあって、公開からこの日まで、平日も含め、1日のすべての上映回がほぼ満席になっていました。平日でも全回満席になのにこの日は土曜ですから、この11時の回の前の朝9時からの回、そしてそのあとの昼、夕方の回まで朝の時点で完売になっていました。

 それほどの勢いにも関わらず、この回では100席以上席が余ったのです。おそらく他の劇場へと移動されたのでしょう。この日は19:15からの回も字幕つきの上映がありましたが、こちらは開始直前までになんとか満席になりました。おそらく時間的に他の劇場に移動するのが困難だったためかと思います。この大ヒット作品にしてこの状況、他の作品ならどうなるか…推して知るべしです。

 これは、久しぶりにヘコみました。その直前に『シン・ゴジラ』の字幕つき上映を評判に出来たので、慢心があったのだと思います。そしてもう10年以上も、上映できる作品で日本語字幕つきが作られている映画はほぼすべて上映してきたということもあって、慣れてしまっていて、以前のように案内や理解を求めるチラシを積極的に置いたりなどの活動を怠っていました。

 日本語に日本語字幕がついていることを、わざわざ劇場に来ているにも関わらず、それでも観ないことを選ぶほどイヤがる方がそれほどたくさんいるとは思っていませんでした。テレビでは、すべてではなくても、話していることにやたら字幕がつくのはもう10年以上も前から当たり前のように行われていますし、ゲームならほとんどすべての台詞に字幕がつくのが常識と言っていいくらいです。電車の中で流れるCMは全部これです。だからこれはきっと、どんなものなのかわからない、ということが原因なのです。周知が全然できていないことが悪いのです。

 今回のことを受けても、シネマシティがスタンスを変える予定はありません。なぜなら、シネマシティは“映画ファンのための映画館”であり、カンタンなことでより多くの映画ファンが楽しめるならそちらを選択するべきと考えます。また、オープンの時から“音にこだわる映画館”なので、上映を続けることがブランド力を維持することになります。聴覚障がいの方にとって字幕は“音”だと考えるからです。

 字幕つきは、実際観てみれば、さほど違和感はないし、それどころか、作品理解がより深まることすらあります。なぜならば日本語は“文字”に大変重きがある言語だからです。同じ“きく”でも、“聞く”“聴く”“訊く”では、ニュアンスが変わります。“見る”“観る”“視る”“看る”で、行為の意味が変わります。“思う”と“想う”では、感情にゆらぎがあります。

 クリエイター、俳優の方は、もしかしたら表現上の問題で、嫌がるかも知れません。なぜならば、字幕がある、ということ自体、作品世界と観客の間に一枚のヴェールがあるということになるからです。
わかりやすく極端な例を挙げればデレク・ジャーマンという監督が作った『BLUE ブルー』という映画。

 これはただ真っ青な画面、ただそれだけが70分間映され続け、監督自身が話し続けるという作品です。上映される劇場全体を青に染めて独特な空間を作り出す今作に、英語で話されるからと白色の字幕をつけることは、作品の本質を変容させてしまいます。ここまで極端ではなくても、本当は同様のことがすべての作品で起こっています。

 また、とりわけ台詞での“笑い”は、音として聞く前に文字で見えてしまうということから、大きく削がれる可能性があるでしょう。でもこれは字幕を出すタイミングをきちんとすれば、テレビのバラエティのように返って笑わせられる可能性もないわけではありません。

 俳優の方は、“聞く”“聴く”“訊く”のニュアンスの違いを声質や表情、素振りで表現してこそ“演技”だとおっしゃるかも知れません。だから過剰表現になるのだと。その通りだと思います。

 字幕つき上映は、健聴者にとってはメリットもデメリットもあります。それは作品によっても程度が異なるでしょう。しかしそういう「健聴者の理屈」は排除して考えなければいけません。この作品は向いているから字幕をつける、向いてないからつけない、という時、字幕つき上映の本質が失われています。聴覚障がいの方にとってはメリットしかないはずです。

 まずは国の福祉政策として、すべての日本映画に字幕を制作しなければならない、というベースを作る必要があるでしょう。制作費は国が補助金を出すようにする(すでに現在も出ていますが)。字幕をつけることは福祉政策というだけでなく、外国人旅行者や居住者が増えているのだから、その方たちのためにもなるはずです。僕もたまに英語字幕で映画を観ることがあります。字幕があると格段に理解しやすくなります。他にも加齢によって聞こえづらい方など、どんどん認知してもらう対象の人数を増やすようにすることが重要です。

 その上で、配給会社やソフト制作会社、放送会社、映画館は健聴者の方の忌避感をなくすことにも併せて取り組まなければならないと思います。またエンタメ業界の片隅にいる者としては字幕つき上映を“誰かがガマンすべきこと”ではなく、“楽しいこと/価値があること”として健聴者の映画ファンにとっても選択肢のひとつになるようにしていきたいという野望があります。作品によっては「字幕つき上映」はむしろ動員数がアップする、というようにしてこそ「仕事をした」と言えるのではないでしょうか。そうでなければすべての映画館で上映されるというところまで持っていけません。

 その挑戦のひとつとして、冒頭で書いたシネマシティでの『シン・ゴジラ』の字幕つき上映は【極上爆音上映】で行います。これは、重低音を専門に出すサブウーファーにスタジアムやアリーナで使用するような強力なものを使用して、音を物理的な震動としても感じられる上映スタイルです。

 ゴジラが歩けば、ちゃんと建物が揺れる。

 健聴者のファンには字幕によってさらに深い理解をもたらし、聴覚障がいの方には体感としてさらなる臨場感をもたらす、なんて幸福な上映スタイルなんだ『シン・ゴジラ』【日本語字幕版極上爆音上映】! この漢字の多さが庵野作品感を高めるというおまけ付き。

 まずはシネマシティが成功の道筋をつけます。【極音】【極爆】を日本中の映画館がマネし始めたように、今度だって絶対イケるよ! ソフトが発売された後に映画館にお客さんを呼ぶのは難しい…という常識だって壊せたじゃない、『マッドマックス』と『ガルパン』ファンのみなさん、そうでしょう? だから映画ファン、『シン・ゴジラ』ファンは【日本語字幕版極上爆音上映】にちょっとくらいはムリしてでも集うように。いっしょに映画館をもっと素晴らしい場所にしよう。世界を少しでも良くすることを、好きなことを楽しむだけでできるなんて、そんな最高なことがありますか?

 そして映画館で映画なんてまず観ないという聴覚障がいの方、だまされたと思って1度来てくださいませんか。映画館で映画を観るって最高ですよ、それが【極爆】ならばなおさら。少なくとも『シン・ゴジラ』は本当に面白いですから、それだけは保証されてます。

 書き足りないことだらけですが、最後に、技術的な未来を示して、希望をもって締めたいと思います。そう、ヘッドマウントディスプレイですよ、これからは! これはいろいろ一気に解決してしまう破壊力を秘めているような気がします。各自のスマホにアプリを入れて、そこに繋いだ未来メガネに字幕を表示させるというもの。このメガネ、海外の演劇やミュージカル見るとき僕も使いたい。(参考:UD Cast)

 実はアメリカだと、もう未来でもなんでもなく、上のようなヤツ、とっくに映画館に導入済みなのです。法律で映像コンテンツに字幕を入れるのがマストになっているのが大きいんですよ。下記の大手シネコンチェーンによる機器導入の記事の日付を見てください。いいですか、2013年ですよ。(参考:npr「New Closed-Captioning Glasses Help Deaf Go Out To The Movies」)

 日本の映画館だって、もっとやさしい場所になれる。You ain't heard nothin' yet!(お楽しみはこれからだ)

遠山武志

最終更新:9/21(水) 11:16

リアルサウンド

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。