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“LT”が“レッスルマニア11”ゲスト出演――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第184回(1995年編)

週刊SPA! 9/21(水) 9:10配信

 ビンス・マクマホンが“レッスルマニア11”(1995年4月2日=コネティカット州ハートフォード、ハートフォード・シビックセンター)の“主役”として用意したのは元プロフットボール・プレーヤーのLTことローレンス・テイラーだった。

 LTは1959年、バージニア州ウィリアムスバーグ出身。UNC(ノースカロライナ大学)在学中にはオールアメリカン選抜として活躍し、1981年のNFLドラフトでニューヨーク・ジャイアンツに入団。1981年から1993年まで13シーズン、ジャイアンツに在籍し、スーパーボウルⅩⅩⅠ(1987年=対デンバー・ブロンコス)とスーパーボウルⅩⅩⅤ(1991年=対バッファロー・ビルズ)でチームの勝利に貢献した名ラインバッカーである。引退後は映画俳優としても活躍した。

 LTの“レッスルマニア11”出場までの連続ドラマは、そのひとつひとつのシーンと局面がキメこまかくプランニングされていた。

 WWEの映像にLTが初めて登場したのはこの年の“ロイヤルランブル”(1995年1月22日=フロリダ州タンパ)だった。ゲスト・セレブリティーのLTは、第1試合からリングサイド最前列で試合を観戦。実況&解説のビンスとジェリー“ザ・キング”ローラーは「LTが来ています」とドラマの初期モードを設定した。

 同夜の第4試合にはWWE世界タッグ王座決定トーナメント決勝戦としてバンバン・ビガロ&タタンカ対123キッド&ボブ・ホーリーのタッグマッチがラインナップされ、トップロープからのムーンサルトを自爆したビガロがキッドにまさかのフォール負け。キッド&ホーリーが新チャンピオン・チームとなった。

 試合後、ビガロは「お前、オレのことを笑ったな」とリングサイド席のLTに突っかかり、LTが「それは誤解ですよ」といった感じで笑いながら立ち上がると、ビガロはLTの胸ぐらをつかみ、いきなり両手で突き飛ばした。この“ハプニング”にアリーナはどよめいたが、この場面ではLTが紳士的に引き下がったため乱闘騒ぎにはならなかった。

 これが“レッスルマニア11”までつづく連続ドラマのプロローグだった。翌週のTVショーではビガロが「LTに謝罪する」とコメントしたため事態はいったん収拾の方向に向かったが、その後、ビガロが謝罪を撤回。LTもビガロとの“対話”のためWWEのTVショーに再び登場した。LTが動きはじめたと同時にアメリカのメインストリームのメディアもこのドラマに飛びついた。

 プロレスラーではないプロアスリートがWWEのリングに登場するのは、“レッスルマニア2”(1986年4月7日=イリノイ州シカゴ、ローズモント・ホライズン)のスーパーヘビー級バトルロイヤルにウィリアム“ザ・リフリッジレーター”ペリーらプロフットボール選手がゲスト出場して以来のことだ。“冷蔵庫”ペリーとLTを比較すると、NFLでの実績ではLTのほうがワンランク上のスーパースターといっていい。

 ビンスはあくまでもLTを“レッスルマニア11”のメインイベントに起用するつもりだった。こういうシチュエーションで、こういう相手と闘って、試合を試合として成立させることのできるプロフェッショナルはやはりビガロしかいなかった。

 これとひじょうによく似た例で、ビガロは過去にも元横綱・北尾光司や“旧ソ連”のサルマン・ハシミコフのデビュー戦の相手をつとめた。LTと闘うプロレスラーとして“時の人”ビガロの一般的知名度もまた飛躍的にアップグレードした。

 WWEがLTに支払ったファイトマネーは200万ドル(推定)といわれたが、その広告効果を考えれば決して高い買いものではなかった。元プロフットボール・プレーヤーのLTがWWEのリングでプロレスの試合をするというニュースはマスメディアを大喜びさせた。

 WWE内部ではLT対ビガロのシングルマッチとディーゼル(ケビン・ナッシュ)対ショーン・マイケルズのWWE世界ヘビー級選手権のどちらが“レッスルマニア11”の大トリをとるかで大きな議論がはじまっていた。ビンスは、ディーゼルとショーンのタイトルマッチのなりゆきに一抹の不安を感じていた。(つづく)

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス講座」と書いたうえで、お送りください。

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最終更新:9/21(水) 9:10

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