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「熊本地震で露呈したリスク社会の罠」(後編)~姜尚中(政治学者)【2】

nikkei BPnet 9月21日(水)9時8分配信

 気鋭の若きフォトジャーナリスト安田菜津紀の「未来への扉」対談シリーズ。第3回は日本を代表する論客で政治学者、東京理科大学特命教授、今年1月からは熊本県立劇場館長に就任した姜尚中氏をゲストに迎え、国内外の多様な問題について話を聞いた。
 「熊本地震」を巡る話の後編は、姜氏が「リスク社会」の問題をさらに突き詰める。東日本大震災で明暗を分けた小学校の話から、防潮堤の問題、そしてメルトダウンを起こした福島原発問題についてまで、考察を加えていく。

(構成=高島三幸 対談写真=村田和聡)

(前編はこちら)

セレモニーが畏怖する対象から目を奪う

姜 明治22年(1889年)、僕の研究対象である夏目漱石が第5高等学校(現在の熊本大学)に赴任する9年前ですが、実は熊本では大震災が起きているんです。マグニチュード6.3の大きな地震で、死者の数は約20人でしたが、熊本城も崩落している。なぜこんな昔に地震の大きさが分かったのかというと、ちょうどその頃、ヨーロッパで遠隔地の地震を測定するシステムが開発されていて、ドイツのポツダムにあった測定器に熊本地震が、システムの第1号の地震として観測されたんですね。

 明治22年の熊本地震は、世界的にも有名になった大きな地震であったにも関わらず、それがまったく伝承されていなかった。その理由を僕が忖度するに、地震が起きた明治22年は、明治10年に勃発した西南戦争の12年後でした。

 西南戦争は熊本を含めた地域を舞台にした日本最大の内戦ですから、熊本の出来事としてはそのほうが大きかった。熊本城の本丸もその時に吹き飛ばされるなど、熊本は城下町ですから町全体も大変な被害があったんです。100年単位で大きな地震が来ると言われている中、今回の地震が起きてしまったわけです。

 本来なら、阪神・淡路大震災に続いて、東日本大震災のような巨大地震が起きたのだから、次は九州もどうなのかと考える機会があったはずです。しかし、東日本大震災が起きた2011年3月11日当時、九州はどういう雰囲気だったのか。実はその当時、九州は震災翌日の3月12日に、九州新幹線が全線開通して、みんな盛り上がっていた。そこで遠く離れた東日本の出来事に思いが及ばなかったのではないのか。

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最終更新:9月21日(水)9時8分

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