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蓮舫氏が戸籍を提出しないので重大疑惑濃厚か? --- 八幡 和郎

アゴラ 9/22(木) 7:20配信

積極的に疑惑を晴らすべき立場にあるのは蓮舫氏だ

蓮舫氏はあいかわらず疑惑のごく一部にしか答えておらず、過去の証言とも矛盾が多いままであり、よほど不都合な事実が隠されているのでないかという、疑惑はますます深まるばかりだ。

これまで蓮舫氏が認めたのは、二重国籍のまま法的義務に反していたこと、台湾のパスポートをもったままだったことの二点だけだ。しかし、不自然なことだらけだ。

蓮舫氏は、国籍選択の日付けを証明できる、戸籍関係の書類を公開すべきだ。(修正11:30; この点については、戸籍に帰化や国籍選択したことが、結婚などののちに作成された新戸籍になっても引き継がれるのかという問題がある。規定上は、原則として、「国籍選択」については新戸籍に引き継がれ、帰化については引き継がれないというように読めそうなのだが、実際の運用がどうなっているか確信が持てない。複数の専門家が関係の役所に聞いてくれたのだが、もうひとつ、要領を得ない。具体的な実例に則した情報をいただければ幸いだ。以上のような経緯なので、最初の投稿から少し記述を変更し、タイトルも変えた。しかし、たとえ、現在の戸籍謄本に記載されていなくとも「原戸籍」には記載があり、本人にとっては証明は容易である)※末尾にさらに新しい補足があります

台湾に提出したパスポートを含めた離脱手続きに提出した資料についても同様だ。

取るべきだった手続きの内容はこうだ

あらためて、本来、中華民国(台湾)籍だった蓮舫氏が単国籍の日本人になりきるためにするべきだった手続きは以下の通りである。

(1)日本国籍の取得

(2)その台湾代表処への届け出

(3)日本国籍選択届け

(4)中華民国(台湾)籍の離脱(この時に台湾のパスポート返却)

このうち蓮舫氏が日付けを明らかにしているのは(1)だけで1985年1月21日である。(2)はそれと同じ日だったかどうか明確にしていない。しかし、(1)から間もなくだったようだ。

(3)は過去の種々のインタビューでは18~19歳(1985年11月28日~1987年11月27日にあたる)としてきたが、日付けが語られたことはない。また、9月3日よりあとには、17歳と変更している。(1)と同じ日かといえば、それは、通常はないと関係者はいうし、過去のインタビューでの動機や父親とのやりとり内容からは、18~19歳が自然である。

(4)は過去のインタビューで一度も触れず、二重国籍を公言していたので実行してないことは最初から明らかだった。今回は(2)のときに行ったと信じていたと強弁していたが、そもそも、20歳にならないと不可能であり、現在は、出来てなかったと認めた。ただし、それを知らなかったと言い続けている。

(4)については、念のために9月6日に過去のパスポートを添えて代表処に提出したとしているが、どのような書類を提出したのか、パスポートはいつまで有効だったのか、最後に使ったのはいつだったかを明らかにしていない。コピーを取っていなかったとしたら頓馬な話で、そんな人物に外交交渉など怖くてやらしたくない。

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最終更新:9/22(木) 7:20

アゴラ

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