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伊能忠敬の偉業を支えた江戸の数学

JBpress 9/22(木) 6:10配信

■ 球ではなかった地球 フランス革命戦士ドランブルの活躍

 「距離及び面積は、第三項に規定する回転楕円体の表面上の値で表示する」

 わが国の測量法第十一条にある条文です。国家において国土を測量することは最も基本的なことと言えます。したがって測量の基準は法律によって精確に定められています。

 地球の形と大きさを調べる学問が測地学です。

 プトレマイオス3世によってアレクサンドリアの図書館長に任命されたエラトステネス(前284-192頃)は、シエネの町では夏至の日に太陽の光が井戸の底に届くことを知ったことをきっかけに地球の大きさを求める方法を思いつきました。算出された子午線弧長46250kmは現在の40000kmと誤差約16%。これが紀元前2、3世紀の結果です。

 以来、人類は地球の大きさの真実の値を手に入れるために地球を測り続けることになりました。地球は、自転しているためその遠心力によって南北方向に比べて赤道方向が少し膨らんだ回転楕円体と呼ばれるものに近い形をしていることが明らかにされました。

 両極を結んだ直線を通る面で地球を切った時の断面が楕円の形をしています。地球の形を回転楕円体であると考えることで、子午線の長さが数学によって計算できます。これにより三角測量を利用して精緻な地図を作成することも可能になります。

 1791年にフランス国民会議は「赤道から北極までの子午線弧長の1000万分の1を1メートルとする」と決定しました。子午線測量隊を率いたリーダーが数学者ドランブル(1749-1822)です。

 その後、7年に及ぶ子午線測量の末、子午線は驚くべき精密さで算出され“1メートル”が誕生しましたが、それは同時に地球の真の形が解き明かされた瞬間でもありました。

 ドランブルは複数の測量結果に発見された誤差の要因を考察し地球が回転楕円体であることを発見しました。そして、ドランブルの数学が本領発揮したのが子午線弧長の計算公式の導出です。赤道から緯度φ度までの子午線弧長の長さS(φ)を与える公式が1799年に発表されました。

■ ベッセルの公式

 ドランブルに続いて子午線弧長の計算に挑んだのがドイツの天文学者・数学者ベッセル(1748-1846)です。1841年、ベッセルは、当時世界中で測量された結果をもとに地球がどのような形と大きさであるかを算出しました。

 その結果は、地球は赤道半径6,377,397.155 m、極半径6,356,078.963 mおよび扁平率1 / 299.152813である回転楕円体というものでした。

 ここで扁平率とは、回転楕円体が球に比べてどれくらいつぶれているかを表す数値です。完全な球の扁平率は0で、つぶれるにつれて扁平率は1に近づきます。このベッセルの結果を「ベッセル楕円体」と言います。

 ベッセル楕円体は世界中で採用され、わが国の測量法でも、2002年まで採用していました。それが冒頭の測量法にある楕円体です。現在は人工衛星による測量の結果による正確なGRS 80楕円体が用いられています。

 ベッセルは14歳から貿易会社で働き始めたことがきっかけで、航海上の問題に数学を使い始めるようになりました。さらには海上での経度決定のための天文学にも関心をもつようなり、ハレー彗星の軌道計算に関わるまでになりました。

 その結果、貿易会社を辞め天文台で働くようになり、天文学に多大に貢献することになりました。

 大学に行かなかったベッセルは航海の仕事をきっかけに天文学と数学を学び始めました。地球と遠くの星を自らの目と体を使って測量し、数学の眼差しで真実を突き詰めたベッセル。中でも偉業は、難問ケプラー方程式を解いたことです。

 その研究で生まれたのがベッセルによるベッセル関数です。現在、ベッセル関数のグラフはベッセルの切手の中に描かれています(図)。彼もまた星の光に導かれた数学者でした。

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最終更新:9/22(木) 6:10

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