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【新刊無料公開】『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』第1章 経営戦略のための統計学(3)

ダイヤモンド・オンライン 9月22日(木)6時0分配信

 ベストセラー『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』の著者・西内 啓氏が、ついに待望の新刊『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』を発表。ダイヤモンド・オンラインでは、この『ビジネス編』の一部を特別に無料公開。ビジネスパーソンに必要な「統計力」の磨き方について、ヒントをお伝えします。

● 企業内の強みに注目したジェイ・バーニー

 このようなポーターのSCP理論の限界を補う形で注目されるのが、「ケイパビリティ」、つまり企業の外側の環境ではなく内側にある強みに注目する経営戦略の考え方である。たとえばそのうち代表的なものの1つに、ジェイ・バーニーらを中心に研究されたリソース・ベースド・ビュー(RBV:Resource Based View)と呼ばれるものがある。

 バーニーらは企業ごとの収益性の差異はリソース(資源)の存在とその使い方によって説明されると考えた。経済学においては、資本、技術、人材、原材料などのリソースと産出する価値の関係性を生産関数という概念で捉えるが、バーニーたちはこのリソース側に注目することで良い戦略が立てられるのではないかと考えたのである。

 なお、RBVにおいてリソースとは資本や工場といった有形資産、ブランドなどの無形資産やケイパビリティ(人材や技術など)の3つに分けて考えられているが、それぞれのリソースが競争優位性に繋がるものであり、かつそれらの使い方がうまければ企業は持続的に利潤をあげられるというのである。

 前述の日本の自動車メーカーたちは産業用ロボットや統計的品質管理を用いて、生産台数がフォードより少なくても(すなわち規模の経済という観点では不利でも)、低コストで高品質な自動車生産を行なうことができるというケイパビリティを持っていた。それに、キヤノンはカメラを生産する過程で、ゼロックス社の特許に触れずに安価なコピー機を開発するケイパビリティを身につけていた。そう考えれば、ポーター的には無謀と思える戦略が成功したことに説明がつくのだ。

 さらに、バーニーは企業の持つリソースが競争優位性を左右するかどうかについてチェックする、VRIOフレームワークと呼ばれるものも提案している。VRIOとはValue(顧客にとっての経済価値)、Rarity(他社が手に入れにくい希少性)、Imitability(他社が模倣しにくいものであるか)、Organization(各資源を有効に活用できる組織かどうか)の頭文字をとったものである。

 SWOT分析などでも自社の強みと弱みをリストアップするが、VRIOフレームワークは、自社のある資源が強みなのか弱みなのかの判断をもう少し詳細に検討するものと言ってもよいかもしれない。資源がV・R・I・Oそれぞれに当てはまるかどうかをこの順に確認することで、弱みなのか強みなのか、強みの中でも自社固有のものなのか、それは持続的な競争優位を生むものなのかが確認できるというのである(図表1‐5)。

● ポーターとバーニーはどちらが正しいのか? 

 では、PPMやポーターの考え方のように外部環境に着目し、とにかく儲かる市場ポジションを狙うのが良い戦略なのだろうか?  それともバーニーらのように自社の強みに注目し、それを最大限活かす方法を考えるほうが良い戦略となるのだろうか? 

 かつてこの両陣営の間では侃々諤々(かんかんがくがく)の議論がなされることもあったようだが、早稲田大学ビジネススクールの入山が指摘するところによると、現代の経営学者たちの答えは「どちらも重要で、状況次第である」といったところのようだ。

 実のところバーニー自身、自身のリソース・ベースド・ビューを絶対視しているというわけではない。参入障壁が高く、差別化がしにくく、大手3社程度がシェアの大部分を握るような市場ではポーターの言うように仕入れ先や販売先とのパワーバランスを考えたほうがよいと考えていた。たとえば製鉄などの業界はこちらに該当するのだろう。

 一方、企業リソースに着目すべきなのは、たとえば日本の家電業界のように参入障壁が低く、差別化がしやすい市場である。差別化が重要なのであればデザイン能力であるとか、特殊な技術などの強みによって収益性に差がつく余地も大きい。

 そしてもう1つが、参入障壁や差別化以前の問題として、あまりに環境の変化が速すぎる市場である。バーニーは、このような環境ではポーターの理論も自身の理論もあまり役に立たないのではないか、と考えた。環境がすぐに変化してしまうのであれば、取引相手とのパワーバランスも、市場で価値を持つ企業の強みもすぐに変わってしまうからである。

 おそらくは近年のIT市場などもこうしたものの1つだろう。たとえば日本電気(NEC)という会社は、1980年代から1990年代にかけて日本国内のパソコン市場で大きなシェアを握り、2000年代前半においては携帯電話市場で大きなシェアを握った。ポーター的に言えば規模を活かしてコスト面での優位や流通チャネルも押さえていただろうし、バーニー的に言えば高品質な電子機器を開発・製造するという他社が真似しがたいケイパビリティも持っていたはずだ。だが現在、パソコン事業は中国のレノボに売却することになり、スマートフォン事業は競合についていけず分社化の後に撤退することになった。これがなぜかと言えば、技術の進歩と市場環境の変化が速すぎるためであり、シェアもケイパビリティの価値も突然、競争優位性ではなくなってしまうのである。

 これではポーターもバーニーもお手上げだが、スティーブ・ブランクが実践した1つの解決方法が『リーン・スタートアップ』(エリック・リース著 日経BP社)という本の中に示されている。ブランクはシリコンバレーで八度の起業と四度の上場を経験した起業家であり、この著書の考え方は変化の速い市場の代表とも言うべきシリコンバレーのスタートアップたちからよく支持されている。その背景には「付加価値を高めない現象や結果」であるムダを徹底的に省くトヨタ生産方式の哲学が存在しており、贅肉がとれたという意味で「lean」という表現が使われているそうだ。

  『リーン・スタートアップ』の考え方に基づくと、スタートアップがまず行なうべきは実用最小限の製品(Minimum Viable Product; 略してMVPと呼ばれることもある)であるプロトタイプを作り、次にそれが実際に顧客へ価値を生むかを検証することである。MVPは中身がむき出しで殺風景な見た目の試作品であっても、逆に外側だけができていて、裏側はプログラムや機械ではなく人力で動いていてもいい。何より検証すべきアイディアを、できるだけ速く試すことが重要なのである。

 また、トヨタ生産方式の背後にある統計的品質管理と同様、MVPの検証においてはA/Bテストつまりランダム化比較実験と統計的な分析を行なうといいだろう。そして何度も試作と実験を繰り返す課程で、もしそれがうまくいきそうになったら、そこで初めて製品の完成度を上げたりマーケティングに予算をかけたりするなどして本格的に勝負する。一方、そうでなければ彼らがピボットと呼ぶ方針転換を行なう。

 ピボットとはボールを持ったまま3歩以上歩くと反則が取られてしまうバスケットボールにおいて、「一方の軸足を動かさず、他方の足の位置だけを変える」というテクニックに対しても用いられる表現である。バスケットボールのルール上、軸足さえ動かさなければいくらピボットを繰り返しても1歩としかカウントされないのだが、それと同様にリーン・スタートアップの考え方では、「顧客や売り方」という軸を固定した状態で製品を変えるか、あるいは製品を固定した状態で顧客や売り方を変えるか、といったように戦略を少しずつピボットさせ、自分たちが集中すべき戦略を少しずつ明らかにしていくことを推奨している。変化の速い市場では技術の価値や顧客のニーズといった不確実性が非常に高いからこそ、こうしたデータに基づく迅速なトライアンドエラーが重要になるのである。

 以上が経営学者たちの言う「状況次第」という話だが、それを理解したからといって、今まさに自社の戦略を考えなければいけない我々に「どのような市場で戦うべきか」「自社のどのようなケイパビリティに注目すべきか」「どのようなMVPを作って試せばいいのか」といったヒントを与えてくれるわけではない。

 そのヒントは経営学者たちが生み出した理論ではなく実証分析、すなわち現実の企業データを用いた統計解析によって得られるのである。

● 経営戦略の統計分析の歴史

 元ジョージタウン大教授であるロバート・グラントの戦略論の教科書『Contemporary Strategy Analysis』(邦題『グラント 現代戦略分析』 中央経済社)は、欧米のビジネススクールでよく採用されているそうだ。この中で戦略論に関する主要な実証研究が言及されているので、ここで紹介しておこう。

 ポーターとバーニーのどちらが正しいかという実証研究の考え方に大きな影響を与えたのがマサチューセッツ工科大学(MIT)のシュマレンジーによる1985年の研究である。彼は分散成分分析と呼ばれるそれまで経営学であまり用いられていなかった手法を用いてアメリカの製造業のデータを分析し、「どの産業分類に属しているか」(産業要因)と「市場シェアの大小」によって、企業ごとの総資本利益率のバラツキがどれほど説明されるかを明らかにした。

 分散成分分析というおそらく皆さんが聞き慣れないであろう統計手法がいったい何なのか、詳細は章末の補足コラムに回すが、結論だけを説明すると産業要因だけで企業の総資本利益率のバラツキは19.6%が説明されてしまうということが明らかになったのである。一方、シェアの大小による総資本利益率の説明力はわずか0.6%であり、個別の企業努力でシェアを取ることよりもどのような市場で競争するかを選ぶことのほうが重要であるという結果が示唆された。これはポーターのSCP理論を強く裏付ける結果である。

 産業要因によって総資本利益率が大きく左右されるのであれば、企業は儲からない事業をさっさと売却でもして、その資金を儲かる産業に投じたほうがリターンは大きいということだ。

 ところが、その後の研究ではこれとは逆の結果が出てしまう。

 シュマレンジー以後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のルメルトや、テキサス工科大学のロケベルトら、さらにはポーター自身がトロント大学のマクガハンと組んで行なった研究など、さまざまなデータを使ってこの問いに取り組んだ。彼らの研究結果をまとめると図表1‐6のようになる。要するに、産業要因の説明力はせいぜい2割程度、企業要因は3~5割、そして同じ産業にいる同じ企業でさえも時代の変化などの「それ以外の要因」で3~5割ほどは収益性が左右されてしまうというのが大まかなところである。

 ここまで聞くと海外のデータばっかりで日本企業においてはどうなのかが気になるところだが、もちろん日本企業の結果も存在している。ニッセイ基礎研究所の小本は1999年から2006年まで、その間連続して東京証券取引所に上場し続けている1091社のデータを用いて分散成分分析を行なった。その結果産業要因が5.5%、企業要因が51.0%、それぞれ総資本利益率のバラツキを説明することがわかったのだ。

 また彼はさらにこの1091社のうち売上高が500億円以上あるいは1千億円以上という一部の大企業のみに絞った状態でも同様の分析を行なった。こうした大企業では多少産業要因の説明力が上がり、企業要因の説明力が下がるという結果になったものの、それでもやはり企業要因のほうが重要という結論が覆されることはなかった(図表1‐7)。

 もちろんこれらの結果は「製造業の全体平均」や「東証一部上場企業の全産業平均」といった結果である。バーニーが言うように競争構造の異なる業界によっては、産業要因が大きくなることもあるだろう。また、企業要因が大事だとして、どのようなケイパビリティを高めたり活かせば収益に繋がるのかということもこの時点では定かではない。

 このように、経営学者の関心は一般的に産業要因と企業要因のどちらが重要か、というところに向きがちなのかもしれない。これはこれで学術的にはとても重要な問いだが、一方で我々が知りたいのは「一般論」ではない。自分が勤めている企業が、あるいは自分に依頼をしてくれた企業が、どのような戦略を取れば儲かるのか、ということが知りたいのである。

 ではどうすればよいのだろうか?  その答えが本書で提案する、経営学者ならぬ我々が儲かる経営戦略を見つけるための統計解析の手順である。

西内 啓

最終更新:9月23日(金)10時45分

ダイヤモンド・オンライン

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