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■私たちに身近な生物多様性(22) 都会の水辺で青く輝く生きもの2題

オルタナ 9/23(金) 20:36配信

チョウトンボ

チョウトンボは、ほぼ全身が紺青のトンボだ。東京都心でも、夏、東京港野鳥公園の観察小屋から高い確率で観察することができる。陽射しの強弱、光線の反射角度によって、しっとりとした濃紺から、光り輝くメタリックブルーまで、様々な青の色合いの変化を見せてくれる。

観察小屋に限らず、園内の広場や水田、池周辺の歩道沿いでも蝶のように舞う姿を眺めることができる。しかし野外では黒い影のようにしか見えないことがむしろ多い。青く輝く姿を観察するには観察小屋の中から、近くの草やスイレンの葉に停まるのを待って、双眼鏡や拡大可能なカメラのレンズ越しにじっくり見るのがお勧めだ。

折れた茎の先端など比較的見つけやすい場所によく停まり、飛び去っても、しばらくするとまた同じ場所に戻ってくることが多い。

私自身そうだったが、図鑑に描かれているような青いトンボのイメージを持っていると、飛んでいる姿からチョウトンボと気づくのは難しい。詳しい人に同行して教えてもらえば、蝶のように舞う姿から、と言ってもチョウよりだいぶ高速で、比較的見つけやすいが、知らない同士だと、身近にいても黒い影程度の印象で、見過ごしがちなトンボだ。このコラムの写真を見て、こういうトンボがいたのか、とご覧になる方も少なからずいらっしゃるのではないか。

「生物多様性の保全」というと、遠いことのようにも聞こえる。しかし、まずは、生きものの存在を知ること、関心を持つことから、私たちもその取組みに参加することができる。

チョウトンボは、トンボのような身近な生きものにも、意外な発見があること、東京都心にも比較的希少な生きものたちが生息することを気づかせてくれる一例だ。そしてまた、自分自身の見方や意識、あるいはその時の周囲の状況によって、存在を認識できないことがあったり、同じものでも全く違った見え方となることなどを体現してくれている。

カワセミ

水辺の青く輝く生きもの、といえば外せないのはカワセミだ。渓流の宝石とも、空飛ぶ宝石とも呼ばれ、漢字では「川蝉」の他、「翡翠」という字も当てられる。清流と豊かな自然を象徴するような野鳥でもあった。

そのカワセミは、最近は、東京23区内でも観察しやすい野鳥となっている。緑に囲まれた公園や庭園の池はもちろん、住宅街を流れる川でも珍しくない。川沿いの歩道を散歩している折、眼下から直線的に飛び去っていく青く輝く後姿に感銘を受けた方も相当いらっしゃるのではないか。

美しいだけでなく、小さな体で水中に飛び込み、体重の何分の一かに相当するような魚をくわえて飛び立つ瞬発力、背丈ほどもありそうな魚をひとのみにして消化していく強靭な肉体など、エネルギッシュな生命力を持つ。

一般に鳥類は哺乳類に比べて寿命が長いと言われる。もちろん、野生生物の場合、独り立ちするまでの間に多くの個体が命を失う。従って、人間のように平均寿命という概念で比べることは適当でない。最高寿命なども飼育下の事例中心で、野生の状態での寿命はよくわかってない部分が多い。

だが、例えば、毎年、北極(グリーンランド)と南極の往復という、過酷とも思える遠大な渡りをするキョクアジサシも、事故がなければ数十年生きるという。コンドルやオウムなど、飼育下ではあるが70年以上の齢を重ねた例も知られているようだ。

空を飛ぶ心肺機能を持つだけに鳥は長生きなのだろうか。

そんななかで、カワセミの寿命は数年とも聞く。飼育下での事例は知らないが、バイタリティ溢れるがゆえに、太く、短く命を燃やし尽くしているかのようだ。

今、東京都心など都市では、カワセミは必ずしも、清流の鳥ではない。コンクリートの護岸や金網の石籠に停まって、よどんだ水面を凝視する姿もしばしば見かける。

何万世代と受け継いできた命を、次世代につなげるべく、新たな環境のなか、よどみに飛び込んでいくカワセミ。そこには「渓流」、「宝石」、「翡翠」、という人間からの思い入れとは別に、逞しく生きる命の姿がある。だが、その命が将来的にも引き継がれていくか否かは、私たち人間の営為や選択に大きく左右される。

そしてその選択は、生きものたちの命の輪の一部である、私たち自身の将来にも直接的につながっている。

坂本 優

最終更新:9/23(金) 20:51

オルタナ

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