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森山未來、『怒り』で見せた底知れぬ恐ろしさ 実力派俳優の衝撃的な演技を読む

リアルサウンド 9/23(金) 6:10配信

 現在公開中の映画『怒り』でみた彼は、私が3年前まで目にしていた“森山未來”とはまるで別人だった。なんて不気味なんだろう。彼に目を奪われ、奥底まで引きずり込まれるような感覚。“彼は一体誰なんだろうか”思わずゾッとした。

 2013年に公開された『人類資金』からおよそ3年ぶりの映画出演となった森山。映画『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年)や、『モテキ』(2011年)など話題作に多数出演しており、ほかにもドラマや舞台など幅広く活躍している。間違いなく実力派俳優の1人だろう。また、5歳からダンスを始め、15歳の時に舞台『BOYS TIME』のオーディションに、年齢制限が18歳以上であったにもかかわらず合格。当時、演出家の宮本亜門氏が「どんなダンスもこなしてしまう恐るべき15歳。フレッド・アステア以来の天才かと思った」とコメントしている。

 先述した『怒り』でも、森山の身体能力の高さが充分に発揮されていた。彼が演じたのは無人島に籠るバックパッカー・田中信吾。1年前に起きた八王子夫婦殺害事件で指名手配されている犯人に顔が似ており、素性が知れない怪しい3人の男のうちの1人だ。

 バックパッカーということもあり、役作りも兼ねて実際に無人島で寝泊まりをしたという森山。その行為によって、“森山未來”ではなく“田中信吾”になりきることができたのかもしれない。自給自足のライフスタイルを象徴するかのような、軽快な身のこなし。窓から屋根に飛び降り、そこからさらに地上に降り立ちダッシュで逃げていくシーンでは、彼の後ろ姿が脳裏に焼付いて離れない。無駄のない完璧な動きが、とても爽快で美しいのだ。

 そんな田中だが、登場シーンから、どこか“異様”な気配を漂わせていた。小宮山泉(広瀬すず)が無人島に降り立ち、1人で島を探検していたときにふと顔を上げる。そこに逆光で顔が見えない男が立っていた。それが、田中だ。「どうやってこの島に来たんですか?」という泉の質問に対し、「君は? 1人?」と何かを咀嚼しながら質問で返す。このやり取りが、どこか心にザラつきを与え、脳内にへばりつく。文字にしてしまえばさしておかしくもない会話なのだが、なんともいえない“奇妙な間”があるのだ。「この人、ちょっとおかしい…」と不安にさせる雰囲気が田中の全身から発せられている。だが、なぜか同時に田中に対して悪くない印象も抱いてしまう。人間的に興味深く、魅力的なのだ。自由奔放に生きている田中にどうしようもなく心惹かれる。不快感と好感が同時に沸き立つ。その矛盾こそが、田中の不気味さをより引き立てる。

 物語が進むに連れ、田中の好感度はぐんぐんあがっていく。泉や知念辰哉(佐久本宝)らの懐にゆるっと入っていき、心を開かせてしまう。すぐに2人と仲良くなり、よき相談相手となっていく。それと同じように観客の心へも容易に侵入し、警戒心を解くのだ。「あぁ、田中ってすごいな」と感心してしまうほどに。しかし、不安感は終始与え続ける。それがもう、絶妙なバランスなのだ。目と表情と仕草すべてが、怪しく鋭い。

 ある時を境に、田中は急に感情を爆発させる。辰哉の両親が経営する民宿で、お客の荷物を乱暴に外に投げ始めるのだ。その後はもう、手がつけられないほどに暴れまわる。清々しいほど豪快に、水槽をはじめ様々なものをぶっ壊していく。たっぷり凝縮されたような“怒り”が狂気となり、熱く、激しく、全身からぶちまけられる。そのあまりに“異様な光景”に、一瞬思考が追いつかず、観客はおいていかれる。その後からジワジワと沸き立つ、これでもかという程の“恐怖”。その怪演ぶりに鳥肌が立った。

 どれが本当の田中だかわからない。最後まで、謎に包まれた男。決して自分のことは語らず、また人物の背景も描かれていない。そのため、すべてが真実でもあり偽りでもある。ある意味で透明人間のような田中をリアルに演じた森山は見事としか言いようがない。見るものに多種多様な印象を与え、各々の田中を作りあげるような柔軟性と幅。一つひとつの表情、仕草、声、話し方、すべてが田中そのものであった。感情の表現方法が驚くほど豊かで自然なのだ。

 森山未來が、こんなにも見るものに恐怖を与える役者だったとは。久しぶりにスクリーンで目にした彼は、あまりに衝撃的すぎた。

戸塚安友奈

最終更新:9/23(金) 6:10

リアルサウンド

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