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「敗者復活型」人間のプライドと知恵とは? 戦国武将たちの負けと復活から学ぶ、現代ビジネスパーソンの心得

ダ・ヴィンチニュース 9/23(金) 6:30配信

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉がある。江戸時代の剣豪・松浦静山の言葉であるが、長年プロ野球で采配を振るった名将・野村克也氏がインタビューでこの言葉を引用したことでも有名だ。意味としては、「勝ち」には勝因がわからないような不思議な勝ちはあれども、「負け」に関しては負けるべくして負けるという必然的な要因があるというものである。「負け」をどのように受け止め、次なる戦いでの「勝ち」につなげていくのかが求められているのだ。

 そのような「負け」を受け入れ、「勝ち」につなげた戦国武将から生き方のヒントを学ぶことができるのが『「その後」が凄かった! 関ヶ原敗将復活への道(SB新書)』(二木謙一/ SBクリエイティブ)だ。本書では、天下分け目の関ヶ原合戦で敗者となった西軍にスポットを当て、彼らはなぜ負けてしまったのか、その原因を探るとともに、その後に見事復活を遂げた要因を詳細に考察している。

 そもそも戦国武将の復活劇から現代社会を生きる我々が得るものはあるのだろうか。本書では関ヶ原の敗戦を現代の企業の倒産、そこから敗将が復活を遂げる過程を再就職として捉え、解説。関ヶ原で奮戦し、それでも敗れ去った西軍武将たちの生き様は、現代におけるビジネスパーソンの心得として示唆に富みまくる。

 ある武将は、豊富な知識、自分の強みを生かした戦略の展開、人脈、誠実な人格をもってしてこの難局を乗り越え、その後の復活につなげた。またある武将は裏切りで一時的には勝者となるも、結局その後の人生で転落してしまう。

 以下にその一例を紹介する。

■丹羽長重
 根が素直で従順だった丹羽長重。豊臣秀吉に仕えていた頃には、秀吉に冷遇されるも恨むことなく忠義を尽くした。それを見ていた家康は彼であれば裏切ることはないと信頼したとのこと。加えて、長重は築城技術に優れた武将であり、徳川政権下でその能力をいかんなく発揮する場が与えられた。敗戦後には除封(領地・屋敷を没収)されても10万石(現在の換算で約100億円相当)を超える大名に返り咲くことができた長重。その要因となったのは、主君への忠義と自分の得意分野を生かすことだった。

■立花宗茂
 豊臣側を代表する不敗の猛将として活躍していた宗茂は関ヶ原以降、領地であった筑後柳川を没収される。一時は貧しい生活を余儀なくされるも人望の厚かった宗茂は家臣たちに支えられ見事に復活。徳川と豊臣の最後の戦いである大坂の陣、江戸時代最大級の内乱・島原の乱で活躍し、誠心誠意の奉公で敗将として唯一、没収された領地を取り戻すことに成功した。

■増田長盛
 天下人となった豊臣秀吉に外交能力を評価され、重宝されていた。だが、秀吉の死後には、西軍の石田三成と行動を共にしながら、徳川家康に情報を流すなど不可解な行動が目立ったため誰からも信用されなかった。現在においても容易に情報漏えいをしてしまう口が軽い人間は信用されることはない。

「負け」から立ち直った者、そのまま没落してしまった者、総勢30名以上を丁寧に解説した本書。人生において大敗を喫し、生きていくことがつらくなることもあるかもしれない。しかし、それでも腐らずに前を向いて歩みだせば、カムバックを果たした戦国武将たちのように、もう一度大輪の華を咲かせることができるかもしれない。そんな前向きな気持ちになれる一冊だ。

 

文=布施貴広(Office Ti+)

最終更新:9/23(金) 6:30

ダ・ヴィンチニュース

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