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【新刊無料公開】『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』第1章 経営戦略のための統計学(4)

ダイヤモンド・オンライン 9月23日(金)6時0分配信

 ベストセラー『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』の著者・西内 啓氏が、ついに待望の新刊『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』を発表。ダイヤモンド・オンラインでは、この『ビジネス編』の一部を特別に無料公開。ビジネスパーソンに必要な「統計力」の磨き方について、ヒントをお伝えします。

● 統計学的な戦略策定のアプローチ

 本書が提案するのは「自社の事情に合わせて、経営学者の先行研究をカスタマイズする」というアプローチである。自社が現在戦う、あるいは将来戦いうる領域のみにデータを限定し、その中で果たしてどのような要因がどれほど収益性に繋がっているのかを分析するのだ。

 「要因」の中にはどのような分類の産業に属すかという産業要因も、どのような資源・ケイパビリティを持っているかという企業要因も両方含めるのだ。このような分析を経れば、具体的にどうすれば自分たちの会社が収益を伸ばせるのかという戦略のヒントが得られるはずである。

 この分析は具体的に、以下のようなステップによって行なうことができる。

 1.競争する市場の範囲と分析対象企業の設定
 2.分析すべき変数のアイディア出し
 3.必要なデータの収集
 4.分析および結果の解釈

 ここからそれぞれのステップについて説明していくが、経営戦略のための分析を行なうにあたりまず考えるべきは、「自分たちが競争する市場をどうくくるか」という点になる。自分たちとまったく異質な企業が異質な理由で成功しているという情報は、参考とはなっても即座に役立つものではない。

 分析の対象となるのは自社および「自分たちが戦う市場内の競争相手」となる他社が最低数十社ほど(できれば数百社以上)いればいい。だが、この「自分たちが戦う市場」とは何かという定義次第で、得られる分析結果や導かれる結果は大きく異なってくる。

● 水平方向への市場分析

 こうした市場のくくり方を考えるにあたり、たとえば経済産業省による企業活動基本調査などの公的統計では標準化された産業分類が用いられている。日本あるいは世界の産業構造の変化などにより数年おきに少しずつ改訂されるが、「日本標準産業分類」という、企業が主としてどの産業に属すかという分類が公的に標準化されており、その中でも大分類・中分類・小分類・細分類といった粒度の異なるカテゴリーが存在している。

 だが、これらは参考とはなっても絶対的に従うべき分類というわけではない。標準的な産業分類は分析者の恣意性が入り込みにくいというメリットがあるし、同じ産業小分類(あるいは細分類)に所属し、同じような機能を持った同じ種類の製品を売っているかどうかという観点で直接的な競争環境を捉えることはもちろん重要だ。しかし、自分たちが提供する商品やサービスが真に何と競合しているのか、という点を考えなければ、ファイブフォースで言うところの代替品や新規参入との競争を適切に評価することが難しくなるのである。

 この場合、より広義に、あるいは抽象的に自分たちが顧客に提供している価値を捉え直せば、まったく異なる競争環境が見えてくるはずだ。

 たとえばここに、企業の経理作業を効率化する業務用パッケージソフトウェアを主力製品として作って売っている企業があったとしよう。彼らは標準産業分類においては「情報サービス業」の中の「ソフトウェア業」の中の「パッケージソフトウェア業」という細分類に該当するわけである。この細分類に該当し、なおかつ経理関係のソフトウェアを作って売っている競合相手と言われれば、この企業の社員の多くがすぐに数社のライバル企業を思い浮かべることができるはずである。

 しかしながら、このような狭い捉え方はときに真の競争環境を正確に捉えていないかもしれない。彼らのソフトウェアによる「経理作業を効率化する」というような価値を提供する企業は他にいくらでもあるのである。

 たとえば既存のソフトウェアパッケージを買わなくても、「受託開発ソフトウェア業」に該当する企業へ頼めば、ゼロから経理処理のための社内システムを構築できるかもしれない。あるいはそもそもどこかの会計事務所に経理処理を外注してしまってもよいかもしれない。コンサルタントに経理業務のオペレーションを改善してもらったり、外部講師を呼んで経理作業の研修を依頼してもよいわけである。

 さらにそもそも論で言えば、経理処理の効率化はあくまでバックオフィスの生産性を向上させたいという大きな目的の一部である。もし経理ソフトを導入するよりも什器やプリンタ複合機を入れ替えたほうが生産性向上に繋がるのであれば、顧客の予算はオフィス機器メーカーに振り分けられるのかもしれない。これらはポーターのファイブフォース分析で言うところの「代替品との競争」である。

 いくら同一製品内で圧倒的なシェアを握っていても、代替品からの圧力に屈してしまうのでは儲けやすいポジションとは言いがたいというのがポーターの考え方である。だったら、最初から同じニーズに対して競合する代替品を競争相手として捉えておく、というのも重要だろう。

● 垂直方向への市場分析

 またこれは水平的に市場の捉え方を拡大した考え方だが、もう1つ、垂直的に市場の捉え方を拡大して考えることもできるだろう。

 たとえばコンサルティングファームであるベイン・アンド・カンパニーは、利益プールマッピングという考え方を提案している。

 図表1‐8はアメリカの自動車産業について、製造からサービスに至るまでに発生した全ての売上を領域ごとに分割(横軸)し、またそれぞれの利益がどれほどの営業利益率をあげているか(縦軸)という利益プールマッピングの図である。こちらを見ると新車の販売は利益率が低く、また全自動車産業から生じる売上のほんの一部しか得られていないことがわかる。この状況で新車の販売にとってもっと儲かる戦略は何かと考えれば、自前で自動車保険や修理サービスを提供し(垂直統合)、新車を買うユーザーへのアクセス性を競争優位性とすることではないかと考えられる。

 先ほど例に挙げたパッケージソフトウェアの企業であれば、上流にはプログラマーの人材企業(派遣や中途採用など)がいたり、一方下流にはパッケージソフトウェアを社内システムに導入するためのシステムインテグレーターがいたり、ソフトウェアのユーザーである会計事務所がどこかの企業の経理処理を請け負う、という価値の生み方も考えられるわけだ。

 このように、代替品との競争という形ではなく、自社が提供する製品が価値を生む上流から下流まで至る全ての垂直的なプロセスにわたって市場の捉え方を拡大し、その中でいったい収益性の大小を左右している要因は何かを考えればよいのである。

 ちなみにこのような市場の範囲を広げて考えるという考え方は、チャン・キムとレネ・モボルニュによる『ブルー・オーシャン戦略』(ダイヤモンド社)の中でも重要視され整理されている。同じ業界内で異なる戦略を取る企業グループだけでなく、代替産業(水平)や補完財・サービスの業界(垂直)などに範囲を広げてそこから学ぶべきだと述べられているのだ。たとえば「イエローテイル」というブランドのワインは、ビールやカクテルといった他のアルコール市場を参考に、「フルーティでわかりやすい」商品こそが、この市場で成功する鍵だと理解した。そして今のところ彼らの戦略はうまくいっているようである。こうした考えの理解を深めたい方はぜひこの本を読んでみるとよいだろう。

 以上の考え方をまとめると、図表1‐9に示すように、少なくとも4パターンの市場のくくり方、あるいは分析対象が定義できるだろう。

 1つは同種の製品で直接競合する市場においての収益性を左右する要因を発見するための分析、ここから最も具体的かつ直接的に自社の収益性を改善するためのヒントが得られるはずである。そして水平方向、垂直方向、それらのいずれかまたは両方といった市場の範囲の広げ方を考えれば、自社の資源を活かして新たに踏み出すべき領域が見つかるかもしれない。

 いずれにしても、最低数十社以上の競合相手を特定し、それらを分析対象とするのである。」

● 非連続的な市場分析

 またこれらは自社の現在のビジネスや資源をもとに、連続的で緩やかな戦略の修正を行なうためのものだが、「儲かりそうなまったく別の産業に自社の資源を活かして参入することはできないだろうか」と考えることが、非連続的あるいはイノベーティブな戦略を生み出すうえで機能することがある。

 たとえば前述の経済産業省による企業活動基本調査によれば、収益性の高い産業分類上位20位は図表1‐10のようになっている。インターネット附随サービス業の利益率が圧倒的に高く、次いで自動車メーカーなどの輸送用機械器具製造業、それ以外にも家具の小売業や鉱業、医薬品・化粧品メーカー、業務用機械器具製造業など平均的に高い収益性を示す産業は存在している。

 仮に、自社の総資本利益率より明らかに高い値を示しかつ「自社の資源とそう相性が悪そうでもない産業」が見つかったのであれば参入を検討してみる価値はある。たとえば富士フイルムという会社が従来の戦略のまま写真や印刷といった市場に固執していたら、デジタル化という代替品の圧力によって窮地に陥っていたかもしれない。しかしながら彼らは自身の持つ化学工業のケイパビリティを活かして、医薬品と化粧品という新たな、そして収益性の高い領域に進出した。少なくとも今のところ、この戦略は機能しているようである。

 ただし、収益性が高そうだからと参入する前に、その産業周辺における(つまり先ほどと同様に垂直・水平双方に拡大した領域についても含めて)収益性を左右する要因を把握したうえで参入を検討したほうがよいだろう。

 たとえば新聞業は同じ経済産業省の統計で平成25年度の総資本利益率はわずか2.1%しかない。彼らが新聞というコンテンツの力を活かして収益性の高いインターネット附随サービス業へ参入すべきではないか、というのは誰もが考えるところであるし、実際に多くの新聞社が挑戦している最中なのだろう。

 しかしながら、実際にこのウェブサービス業界周辺で「何が収益性を左右しているか」を分析してみると、自社の強みとその業界の相性がわかるはずだ。たとえば結局のところアイテム課金型のゲーム(いわゆるソーシャルゲーム)を提供している企業のみが大きく収益性の平均値を引っ張っているだけであって、そういった会社を除けば平均的な収益率はそれほど高くないかもしれない。

 だとすればソーシャルゲームを開発・運営するわけでもない限り、この領域への参入は推奨されない。また、コンテンツを自前で継続的に制作している、という要因はほとんど影響がないかむしろマイナスの影響という可能性もある。この場合、少なくとも自社の最新あるいは過去の記事を活用して……という誰でも思いつくような戦略には疑問符がつく。

 一方もし仮に、「データの収集や出稿の最適化まで一元化された広告のプラットフォームを持っているか」というところが、ウェブサービス関連の収益性に大きな好影響をもたらしているのであればどうか。この場合、コンテンツ以上に活用すべき重要なリソースは新聞紙面や折り込みチラシなどを含めたオフラインの広告媒体としての力ではないか、という戦略が示唆されるのかもしれない。

西内 啓

最終更新:9月23日(金)6時0分

ダイヤモンド・オンライン

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