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「水道哲学」の真意、松下幸之助はこう語った

東洋経済オンライン 9月23日(金)9時0分配信

江口克彦氏のベストセラー『経営秘伝――ある経営者から聞いた言葉』。松下幸之助の語り口そのままに軽妙な大阪弁で経営について語った著書で、1992年の刊行後、20万部を売り上げた。本連載は、この『経営秘伝』をベースにしている。「経営の神様」の問わず語りは、多くのビジネスパーソンにとって参考になるに違いない。 

 向こうの、あの高い杉と杉の間から、南禅寺の山門がみえるのがええな。秋になると落ち葉をたく煙が一筋、すっと空に昇る景色は、まさに一幅の絵やね。いまでもね、きみ、あそこに山門の屋根が見えなかったら、この庭の景色も、これほどよくはならんかもしれん。まあ、本来ならば、南禅寺さんに使用料を払わんといかんところや。

 あの屋根にあがって、石川五右衛門という大泥棒が、京の町を眺めながら、絶景かな、絶景かなと言ったと言われているけど、実際は違うらしいな。けどまあ、それほど有名な山門や、タダで使わせてもらっとることになるけど、ええやろ。ハハハ。

■生産者の使命とは? 

 さっき言った生産者の使命ということな、いわば水道の水のように、「いい物を、安く、たくさんつくる」ということは、いつの時代でも大事なことやで。

 このごろ、日本は物が豊かになったから、そういうことは、もう考えないでいいのではないか、ということをいう人も出てくるかもしれんが、もし、そういうふうに考える人が出てくるとすれば、その人はその生産者の使命について、よう考えておらん人やな。

生産者が満足したらおしまい

 きみ、いい物というのは、品質や性能がいいということだけではないんやで。材料は本当にいいものなのか、自然や人間の生存を脅かす、そういう材料では、いい物とは言えんわけや。自然を壊すようなものを、もし使っているとするならば、いくら品質がいい、性能がいいと言っても、それはわしが言う、いい物とは違うわけや。ひとつの製品が十分に役目を果たして捨てられるときまで、人間や自然に迷惑をかけない、そういう物が、いい製品と考えなければいかん。そこまで考えていい物と捉えているのか。

 それに、生産者がいい物を作っていると満足してしまったら、おしまいやね。いい物を造っていると思いこんだら、もう技術の進歩はなくなるわけや。まだまだ、いい製品を造らんといかん、人間に本当に役に立つ製品、人間の幸せに貢献する製品を、懸命に求めて造ろうと努力する。そこに生産者の役目があるんや。それは無限の努力が求められると考えていい。

■豊かな国の傲慢だ

 安いということも、これも、まだまだんといかんと思うな。本当に安いのか、なお工夫の余地はないのか。生産者が繁栄しながら、なおもっと安くならんのか。一転、目を世界に転ずれば、先進国と言われておるところは、ほんの一握りのところだけや。八割、九割の人たちが、いまだなおの生活をしとるやないか。

 そういう人たちからすれば、まだまだ製品の値段は、相当に高いわけや。買いたいけれど、とても高くて買えんというのが実際の姿ではないやろか。そういう人たちのことを考えれば、とても、いまの程度で安いとは言っておれんがな。わが国の状態だけを見て、もう十分に安いと考えたとすれば、それは豊かな国の傲慢と言えるわね。

 また、たくさん造らんといかんということも、きみ、そやろ、いま物がない、物が不足して困っている国がいっぱいあるやないか。物がたくさんあるというのは、まあ日本ぐらいやないかなあ。わが国だけ見て、ものを考える時代ではない。世界全体、人類全体のことを考えんといかん時代になってきとるんや。「いい物を、安く、たくさんつくる」のが生産者の使命だという考えはこれからますます必要になってくるよ。

 しかし、きみ、これもまあ、こういうように考えることができるかどうか、わしのあとの人たちの、いわば力量の問題やな。けど、多くの経営者の人たちや将来経営者を志そうとうする若い人たちが、きっとわしのこの考え方を理解して、生産者の使命を全うしてくれると思う。

 7、8年前は、庭をよう歩いたな。えっ? あの楓(かえで)の枝に大きな蛇が巻きついておって、わしら、その下を通ったことがある? それは知らんかったな。そうか、そういうことがあったのか。そりゃ、お互い、運がええで。

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最終更新:9月23日(金)9時0分

東洋経済オンライン

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