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“日本のお父さん”と慕う、ウルフ魂を背負った千代翔馬「師匠は天から見ています」

週プレNEWS 9/24(土) 6:00配信

大相撲秋場所で新入幕を果たしたモンゴル人力士、千代翔馬(ちよしょうま、25歳・九重[ここのえ]部屋)には、忘れられない言葉がある。

今年7月の名古屋場所で初日から3連敗。落ち込んで部屋に戻った際に、師匠の先代・九重親方からかけられた「頑張れよ」という言葉だ。これが、師匠からもらった最後の言葉となった。

悲報が入ったのは、勝ち越しで名古屋場所を終えた数日後のことだった。第58代横綱・千代の富士の九重親方が、膵臓(すいぞう)がんのため61歳の若さでこの世を去った。

現役時代は「ウルフ」と呼ばれ、鋭い出足と豪快な取り口で31回の優勝。数々の偉業を成し遂げた大横綱の急逝は、日本国民に大きな衝撃を与えた。千代翔馬も、「今でも信じられません。最後にもらった言葉が『頑張れよ』だったので、それを守って幕内に挑戦します」と気丈に胸を張った。

千代翔馬に声をかけたときの九重親方は、体調を崩して病院へ向かおうとしていたところだったという。名古屋場所も体調を考えて途中から名古屋に入る予定だったが、「弟子のために」と場所前に稽古場入りして指導を行なった。

献身的に弟子を激励する姿は、2009年に千代翔馬が入門したときから変わらなかった。稽古場では師匠から「とにかく頑張れ。頑張れば必ずいいことがある。その代わり、頑張らないと何も得られないぞ」と言い聞かされてきた。

現役時代は130kgにも満たない体に加え、肩の脱臼などケガに何度も襲われながら、猛稽古で頂点を極めた師匠。その言葉には重みと説得力があった。指導は厳しかったがその一方で、師匠との交換日記では「今日はよかったぞ」というメッセージが書かれていることもあったという。

「ちゃんと見てくれているとうれしくなりました。相撲だけじゃなく、着物の着方や、爪にごみが入ってると『そこからばい菌が入るから清潔にしなきゃダメ』など、私生活でも目をかけてくれました。私にとって日本のお父さんです」

モンゴル・ウランバートル出身の千代翔馬。モンゴル相撲の大関だった父の影響でモンゴル相撲と柔道に没頭し、モンゴル相撲では全国3位に入る実力だった。日本の大相撲へ入るきっかけは、元横綱・朝青龍。父と朝青龍の父が旧知の仲で、当時現役だった朝青龍が同じ一門の九重親方にお願いして入門が決まった。

相撲協会の規定で「外国人力士の採用は各部屋一人限り」と定められており、九重部屋にはすでに外国人力士がいたため、1年ほど高知・明徳義塾高校に相撲留学。09年の名古屋で初土俵を踏んだ。

来日したときの体重はわずか70kgで「あんな大きな人とどうやって戦えばいいんだろう」と不安だった。しかし、細身の体でも精進を重ねた師匠を励みに、「師匠のようになりたい」と稽古に没頭し新入幕をつかんだ。取り口は、左四つからの多彩な技が特徴だが、土俵上で闘志を前面に押し出す姿は、若い頃の千代の富士を彷彿(ほうふつ)とさせる。

「大横綱の部屋に入って、師匠から指導いただけて本当に幸せでした。この感謝を土俵で恩返ししたい。師匠は天から見ていますから」

ウルフ魂を背負った千代翔馬が、幕内の土俵でさらなる羽ばたきを見せる。

(取材・文/松岡健治)

最終更新:9/24(土) 6:00

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