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Jリーグ1チームの総年俸より上。欧州サッカー監督の年俸トップ10

webスポルティーバ 9/25(日) 12:05配信

 前回のコラムで紹介したように、トップクラスのサッカー選手の収入は年々増加の一途をたどっている。これと同じように、超一流の指導者たちの稼ぎも一昔前とは比べられないほどになった。世界で最も愛されるスポーツは有数のビジネスと捉えられるようになり、トップ中のトップの人材の価値は高まり続けている。

■前回のコラムの写真。サッカー選手の年収ランク1位はクリスティアーノ・ロナウド。2位~10位は?

 特に今季はテレビ放映権料の増加でさらに潤うプレミアリーグ勢を中心に、複数のエリートクラブで指揮官が交代。米『Forbes』誌が「ロックスター監督の時代」と名付けたように、キャラクターと才能の際立つ名将たちはスター選手と同様にスポットライトを浴び、大金を手にしている。

 今回は様々なソースをもとに推定年俸でランキングを作成。なかには、中規模のJリーグチームの総人件費よりも高額なサラリーを、1年間で手にする指揮官もいる。クラブフットボールの欧州一極集中化はまだまだ続きそうだ。

1位:ペップ・グアルディオラ/マンチェスター・シティ

 英国の各高級紙が報じたところによると、45歳のスペイン人新監督とシティの契約は3年間で、年俸は1520万ポンド(約20億円)。ただしタブロイド紙『The Sun』は、このうち2割ほどはインセンティブで、プレミアリーグやチャンピオンズリーグなどのタイトルを獲得できなければ、1300万ポンドほどになると伝えている。バイエルンでは基本給が1500万ポンド相当だったとされているが、旧知の友人でシティのフットボールディレクターを務めるチキ・ベギリスタインらの説得に応じた格好だ。いずれにせよ、世界最高額のサラリーを受け取ることに違いはない。

 ファーストチームの指揮を執った7シーズンで、6度のリーグ優勝と2度のチャンピオンズリーグ制覇を誇る当代随一の名将は、新たに預かったチームも早々に自分色に染めており、ポゼッションとハイプレスを基軸に初挑戦のプレミアリーグでも唯一全勝を維持して首位を走っている。それを思えば、およそ20億円の年俸も高くはない?

2位:ジョゼ・モウリーニョ/マンチェスター・ユナイテッド

 53歳のポルトガル人新監督の基本給は前任者ルイ・ファン・ハールの給料のおよそ2倍にあたる1000万ポンド(約13億円)、と英国各紙は報じている。こちらの契約にもメジャートーナメントで優勝した際のボーナスが付帯されており、すべて達成できれば総額1500万ポンド(約20億円)で、宿敵グアルディオラとほぼ同額。今季はチャンピオンズリーグの出場権を持たないが、来季から2シーズンの間に自身3度目、クラブ史上4度目となる欧州制覇を果たせば、その額に近づける。

 プロ選手の経歴なしにその強烈なパーソナリティーと勝つための戦術で欧州屈指の指揮官にまで上り詰めたモウリーニョだが、ここ5年間に獲得した主要タイトルは2つのリーグタイトルだけ。受動的なスタイルと短期的にしか効果を発揮できないと言われるチームマネジメントに、懐疑的な目線を向ける人は少なくないし、実際に先のマンチェスター・ダービーではホームで敗れている。それでもなおこれほどの高額を稼げるのは、スーパー代理人ジョルジ・メンデスの存在あってのことだろう。
3位:カルロ・アンチェロッティ/バイエルン・ミュンヘン

 ルックスでは上記2人に見劣りするかもしれないが、経歴ではまったく引けを取らない57歳のイタリア人新監督が3位に。独『Bild』紙によると、基本給は1200万ユーロ(約1000万ポンド/約13億円)で、インセンティブを含めた総額は1500万ユーロ(約1270万ポンド/約16億5000万円)。

 現役時代には黄金期のミランの一員として、チャンピオンズカップ(CLの前身)で最後の連覇を果たし、指導者としてはミランで2度、レアル・マドリードで1度、欧州を制覇。ボブ・ペイズリーと並ぶ同大会の最多優勝監督は、ドイツ王者でも磐石のスタートを切っており、今季のチャンピオンズリーグで単独最多優勝監督になることを目標としているはずだ。

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最終更新:9/25(日) 12:22

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