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「テトリスをつくった男」の知られざる物語

WIRED.jp 9/25(日) 14:10配信

誰もが一度はプレイしたことがあるであろう「テトリス」。この伝説的ゲームはどのようにして生まれ、なぜ世界中の人々を魅了するまで広まったのか? その裏には、テトリスを生んだ科学者の情熱と、彼のゲームを愛した人々の存在があった。

【写真を見る】テトリスを生んだコンピューター科学者、アレクセイ・パジトノフ氏。発行された書籍『The Tetris Effect』はこちら。

9月6日に出版された書籍『The Tetris Effect』のなかで、テクノロジージャーナリスト界のヴェテラン、ダン・アッカーマンは、ヴィデオゲーム史で最も興味深い物語を伝えている。世界で最も人気があり、不朽かつ完璧なヴィデオゲーム「テトリス」が、どのように“鉄のカーテン”を乗り越えていったのかを。

多くのライヴァルがその権利を巡り熾烈な争いを繰り広げたが、テトリスは最終的に、任天堂ゲームボーイのキラーアプリとなった。本書では、テトリスの創造者であるロシアのコンピューター科学者アレクセイ・パジトノフが、世界を変革したコンピューターゲームをどのように思いついたのかを知ることができる。

▼子どもの世界

当時ソヴィエトでつくられていたコンピューター「Electronika 60」や自らが研究所で使用していたようなマシンでのゲームエクスペリエンスを再構築しようと考えていたパジトノフは、モスクワで最も有名なオモチャ屋「Children’s World」をぶらぶらしているときにインスピレーションを得た。

商品棚の中を探しているとき、ある有名なものが彼の目をひきつけた。ペントミノのパズルピースセットである。彼はそのセットを手に取り、すぐに研究所のデスクに戻った。パジトノフは何時間も費やしてピースを合わせ、単純な幾何学模様と、彼が研究していたコンピュータープラットフォームを接続しようと試みた。彼は、机上にある四角いパズルのアイデアを、コンピューター画面に置き換える方法があるはずだと確信していた。パックマンなどのアーケードゲームに使用されていた、(当時の)最高のグラフィック技術を使用しなくとも、だ。

最初の結果は、野暮ったいものに終わった。しかし、テトリスとなるものの基本的コンセプトはかたちづくられていた。問題は、パジトノフが使っていたハードウェアが、世界のアマチュアゲームプログラマーが使っているものより10年近くも古いものだったということだ。ペントミノパズルを(コンピューター上で)再現するには視覚的なシズルが必要であったが、Electronica 60には、初歩的なコンピューターグラフィックスを描く能力さえ備わっていなかった。

彼が最初に行った決して完璧とはいえない解決策は、唯一使えた「ペイントブラシ」によって図形をつくることだった。それぞれの図形はカギカッコのような形となり、美しさこそなかったが、少なくとも動くことは動いた。

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最終更新:9/25(日) 14:10

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