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もう一つの「東芝事件」――手を挙げない“高ストレス者”に自己責任を求められるのか?

HARBOR BUSINESS Online 9/25(日) 16:20配信

 昨年12月、心の健康診断とも言える「ストレスチェック制度」が始まりました。この制度は職場のメンタルヘルス対策のセルフケアの強化・徹底と、職場環境の改善を目的とされています。

⇒【資料】最高裁での客観的事実まとめ

 厚生労働省の指針によると、心の健康診断結果は体の健康診断結果よりもプライバシー度が高いものとして、より慎重に扱うべきとされています。ストレスチェックテストの結果も、例外はあるものの、基本的には受検者本人の同意なく会社に開示されることはありません。

◆高ストレス者であることは隠すべき!?

 しかし、もし自分がストレスチェックテストを受け、高ストレス者だった場合、会社にそのことを隠すことでデメリットはないのでしょうか? 会社側に「Aさんはご自分が高ストレス者であったことを会社に伝えてくれなかったので、会社としてはケアできなかった(安全配慮義務を果たせなかった)」と、言われることはないのでしょうか?

 結論から申し上げると、その心配は不要です。

「メンタルヘルスに関する情報は、本人が申告し難いことを前提とし労働者の体調悪化を察知し得る段階では労働者側から申告がなくとも、それに応じて業務軽減等必要な対応を図るべき」というのが、司法の見解です。

 今回はこのような見解を出した「東芝(うつ病・解雇)事件」(東京高判平成23年2月23日労働判例1022号5頁)について、考えてみたいと思います。

◆「東芝事件」で明らかになったこと

 この事件の概要は、うつ病で休職していた社員を解雇した東芝に対し、業務が原因で病気になった社員の解雇は無効であると確定したというものです。裁判のなかで、会社側が「元社員が自分の精神科通院や病気のことを会社に言わなかったので対応が取れなかった」と主張したため、この主張が認められるのか否か、裁判の行方がどうなるか、私たち産業医や労働安全衛生業務関係者(人事関係者)からは注目された裁判でした。事件の詳細についての日経新聞記事はこちらです(参照:日経2014/3/25付記事)

 この裁判では、該当社員は時間外労働を伴うそれなりに難易度の高い業務従事していたこと、精神的な体調不良について医療は受けていたが会社には開示していなかったこと、同僚から見ても調子は良くなさそうで、上司にも体調不良については伝えていた(病気については伝えていない)ことなどが、客観的事実として認められていました。

 裁判は最高裁まで争われました。最高裁では、以下の点が明記されました。

1.使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている

2.労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合は、心の健康のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである

3.メンタルヘルスに関する情報は申告し難いことを前提とし、労働者の体調悪化を察知し得る段階では労働者側から申告がなくとも受診勧奨等した上で、それに応じて業務軽減等必要な対応を図るべきである

 まとめますと、心の病気に関することは体の病気以上に会社には開示しづらい内容だから、会社はそのつもりで労働者の健康に十分な注意を払い対処する義務を負うということです。この内容は、「過労死」「安全配慮義務」という言葉の意味を決定付けた”電通事件”と同じように、”東芝事件”として、後世に語られるものとなるでしょう。

 ストレスチェック制度開始後の現在、職場でメンタルヘルスに絡むトラブルが発生した場合、過去のストレスチェックテストの結果がどうだったのかは、関係者が注目するところとなるでしょう。社員が急に脳梗塞や心筋梗塞で倒れた時に、直前の健康診断結果を見直すのと同じですよね。

◆なぜ労務トラブルは起きるのか?

 該当社員は、ストレスチェックテストを受けていたのか? 高ストレス者だったのか? 高ストレス者の場合、面接指導を受けたのか(受けていれば会社はその内容を知っているはずです)? それとも高ストレス者なのに面接指導を受けていないのか(受けていないから会社は知らないで済むのか)? いろいろなパターンが想像されます。それぞれの場合に対して、会社および従業員本人は、どのような責任を負うのでしょうか。どのようにすれば、会社としての責任=安全配慮義務違反リスクを軽減できるのでしょうか。

 私はこれら疑問(質問)の答えのなかには、本当の解決策はないと考えています。

 産業医として通算1万人との面談をしている経験から誤解を恐れずに申し上げますと、労務トラブルの多くは、制度や規則の不備から生じるのではありません。メンタルヘルスにまつわる労使のトラブルは、多くの場合、ルールや規則が不備で起こるわけではないのです。メンタルヘルスにまつわる労使トラブルは、ほとんどの場合、“感情的なもつれ”から、“ルールや規則の不備”をついて(荒さがしして)起こっているからです。感情的なもつれから、制度や規則の不備をつついて発生するのが現状だと思います。

 ストレスチェック制度も、メンタルヘルス対策も、基本的に自分から手を挙げてくれる人に対して対処することはそんなに難しいことではありません。まずは、手を挙げてくれた社員としっかり向き合い、対応することが大切だと思います。

 厚生労働省の調査では、実際に、強い不安・ストレス・悩みがあるときに、人に相談することができる人は約75%で、4人に1人はそのようなときに人に相談できないとのことです。相談した75%のうち、約9割は相談することによって問題が解決したり、解決しなくてもラクになったと答えています。

 相談さえすれば9割はラクになるのに、4人に1人は相談することもできない、手を上げられないというのが実情です。この「4人に1人の人たちに手を上げてもらえるようにするためには、どうしたらいいのか。4人に1人をどうしたら減らせるのか」というのが近年、産業医の私が考えている課題です。

 答えは簡単には見つかりそうもありません。しかし、考えなくては答えにも近づけないと思います。

◆規制やルール変更では変わらない

 東芝事件で最高裁が明記したことは、「メンタルヘルスの問題は、本人の申告なくても、周りが察知するレベルであれば、会社は対処しなくてはならない(安全配慮義務を負う)」ということでした。そうであれば、会社としてやるべきことは、規則やルールの変更や徹底ではなく、「メンタルヘルスの話題をタブーとせず、会社で話しやすい雰囲気を作る」ことではないでしょうか。

 ストレスチェックテストの結果、高ストレス者となった人のために、自分の結果を開示する面接指導だけでなく、開示しなくてもストレスの相談をできる方法を設けることは、会社に開示しなくてもストレスについて安心して話す場があるという安心感、そして早期の対処、悪化の防止につながります。

 ストレスチェック制度の開始が、日本のメンタルヘルス不調者の数を減らすか否かは誰にもわかりません。わかっていることは、今後は誰でも年に1回は、自分のストレスやメンタルヘルスについて考える「きっかけ」があるということです。 この“きっかけ”を、会社のメンタルヘルスに対する方針の改善のために、上手に使うことが今、会社には求められています。

 ストレスチェック制度というこの「きっかけ」をどのように利用するのかが、会社の人事だけでなく、メンタルヘルスの最前線の現場に関わる職種全員への課題だと思います。

<TEXT/武神健之>

【武神健之】

たけがみ けんじ◯医学博士、産業医、一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。20以上のグローバル企業等で年間1000件、通算1万件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を行い、働く人のココロとカラダの健康管理をサポートしている。著書に『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣 』(産学社)、共著に『産業医・労働安全衛生担当者のためのストレスチェック制度対策まるわかり』(中外医学社)などがある

◆一般社団法人 日本ストレスチェック協会のホームページとフェイスブック

◆『産業医 武神健之』公式ホームページとフェイスブック

◆『医学博士 武神健之』公式ホームページとYouTube

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最終更新:9/25(日) 16:20

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