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ホークスを最強軍団に変える。根本陸夫が果たした最後の仕事

webスポルティーバ 9/26(月) 14:30配信

 優勝へのマジックナンバー点灯は先を越されたものの、ソフトバンクが3年連続日本一を目指すことに変わりはない。過去、日本シリーズで3連覇以上を達成したのは巨人、西鉄(現・西武)、阪急(現・オリックス)、西武の4球団しかない。5球団目になれるか否かは“神のみぞ知る”だが、それだけの強さは近年のプロ野球では稀である。

【写真】巨人の監督を辞任後、各球団からの誘いを断り続けていた王貞治

 ソフトバンクが3連覇を達成すれば1992年の西武以来となるが、強さの源流をたどると、じつは黄金期の西武に行き着く。まさに92年オフ、ひとりの男がライオンズからホークスへと“移籍”したことが原点だった。

 男の名は、根本陸夫。西武では監督を3年間務めてフロント入りすると、実質的なGMとしてチーム強化を推し進めた。監督に広岡達朗、森祇晶を招聘し、トレードで戦力を整える一方、有望な新人獲得のために裏技も駆使したことから、“球界の寝業師”とも呼ばれた。黄金期は根本なくして築かれなかったといわれる。

 その実績に注目したのが、ソフトバンクホークスが前身のダイエーホークスだった時代のオーナー・中内功で、根本を監督兼球団取締役として迎え入れた。監督ではあるが、周囲からは、いずれダイエーでもフロント入りするはずと見られていた。当時、中内から根本のサポート役に任命され、のちに球団副本部長と球団代表を務めた瀬戸山隆三(現・オリックス球団本部長)が、監督1年目の93年を振り返る。

「2月のキャンプ初日のことです。根本さんはみんなの前でこうおっしゃいました。『オレは勝つ気がない。でも、お前らひとりひとりは成長しろ。何年後かには強いチームを作る』と。ただ、その半面、古くからいる選手たちにはかなり辛辣でした。シーズンが終わると『今のチームは同好会だ。それじゃあダメだ』と言って、『チームを変えるために血の入れ替えをする』なんて言葉を平気で使っておられたし、フロントとしてFAの選手の調査などもしていました」

 その年のダイエーは45勝80敗5分けで最下位。記念すべき福岡ドーム元年を好成績で飾れなかったが、新監督は勝利にこだわるより先を見据え、チームに手を加えるところを把握していた。

 そして、同年9月から、根本は代表取締役専務と球団本部長を兼務。チームの監督兼任でもあるから、GMの職域も超える立場である。その立場で成した大仕事が、ダイエーから外野手・佐々木誠、投手・村田勝喜、投手・橋本武広を放出する代わりに、西武から外野手・秋山幸二、投手・渡辺智男、投手・内山智之を獲得した超大型トレードであった。もっとも、瀬戸山によれば、そのときの根本はさらなる大仕事に向けて動いていたという。

「根本さんはダイエーに入られたときから、『オレは基礎を作る。それでワンちゃんを呼ぶ』とおっしゃっていました。王貞治さんを連れてきて監督にするというわけです。ちょうどJリーグが発足したときで、『このままでいくと野球はサッカーに負ける。巻き返すためにはON対決しかないんだ』と。つまり長嶋茂雄さんが監督の巨人と、王さん率いるダイエーとの日本シリーズが野球界全体を盛り上げる、という考えをお持ちだったんですね」

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最終更新:9/26(月) 14:30

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