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カド番⇒綱取りへ急浮上。豪栄道が全勝優勝を決めた「自分の型」

webスポルティーバ 9/26(月) 20:00配信

 大相撲秋場所で大関・豪栄道(30歳・境川部屋)が全勝で初優勝を飾った。カド番大関の全勝優勝は史上初。大阪出身力士の優勝は1930年夏場所の山錦以来86年ぶり。日本人力士の全勝優勝は96年の貴乃花以来20年ぶりという、記録づくめの初賜杯となった。

【写真】境川部屋に出稽古に来た稀勢の里と豪栄道

 13連勝で迎えた14日目。勝てば優勝が決まる玉鷲との一番を、得意の右差しから左まわしを引く力強い寄り切りで優勝を決めた。取組後のインタビューでは、人前で泣いたことがない男が、「うれし涙です」と、こらえることなく号泣した。

 年6場所制が導入された1958年以降では、史上5位の年長記録となる30歳5か月での優勝。「いろいろ我慢をしたことが思い浮かびました」と絞り出したその言葉通り、苦難の道をたどった初優勝だった。

 大関昇進を決めたのは2014年の名古屋場所でのこと。大関昇進の内規は「三役3場所で合計33勝以上」であり、春場所で12勝を挙げたものの、続く夏場所では8勝止まりだった豪栄道の昇進は話題にさえなっていなかった。しかし、11日目に白鵬を破るなど2横綱2大関を倒した殊勲と、関脇として昭和以降1位となる連続在位14場所の安定感が高く評価され、その場所は12勝と内規にあと1勝足りなかったが、大関へ推挙された。

 大関昇進を決めた際、豪栄道は「やっと自分の相撲をつかめた感じがします。この相撲を貫けば、やっていけると思います」と明かしていた。つかんだ相撲とは、立ち合いで鋭く当たり、右を差し左前まわしを引く速攻だった。理想とするのは、第58代横綱・千代の富士。現役時代のウルフの取り口を何度も映像で見て稽古場で実践した。

 自分の型を手にするまでは、自分の相撲よりも相手の良さを消すことを考えてしまうことが多かった。

 出身地の大阪・寝屋川で小学校2年の時に相撲を始め、5年生でわんぱく相撲の横綱となった。体格は大きくはなかったが、天性の相撲勘で肉体的なハンデを補ってきた。埼玉栄高校へ進学すると才能は一気に開花。高校横綱など11冠ものタイトルを獲得し、境川部屋に入門した。

 一貫して豪栄道を支えてきたのは、猛稽古の積み重ねとセンス抜群の相撲勘だった。ところが、関脇で足踏みしている時には、これがアダとなる。当時のインタビューで、「どうしても相手のことを考えてしまう。『明日はあの力士だから、こうやっていこう』とか、相手に合わせて相撲を取ってしまう」と口にしていた。例えば、左四つ右上手が得意な白鵬に対しては、「いかに左を差させないか」など策を弄するあまり、自らが土俵で主導権を握ることができなかった。

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最終更新:9/26(月) 20:00

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