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日本で歌姫はどのように生まれるのか? 西恵利香の昼と夜 - 田中秀臣 街角経済学

ニューズウィーク日本版 9/26(月) 11:40配信

<日本の文化経済を支える柱のひとつとなっていたアイドル市場。欧米で人気を高めるグループがある一方で、国内アイドル市場はゆるやかに縮小し、構造的な変化を迎えている。その中で、「脱アイドル化」する西恵利香の例を紹介したい。>

緩やかに縮小し、構造的な変化を迎えているアイドル市場

 日本の文化経済を支える柱のひとつは、間違いなくアイドル市場である。以前、試算したことがあるが、ざっと市場規模は2500億円。活動している女子アイドルの数は5000人前後だといわれている。経済規模も大きいが、また世界的な知名度でも日本の文化をリードしている。欧州を中心に人気の高いPerfumeやBABYMETAL、そしてアジア圏ではAKB48グループの知名度は、アイドルの枠を超えて広がっている。

 他方でアイドル市場が変わり目に来ているのも事実だ。多い時では月に十数グループも業界から姿が消える。またグループだけではなく運営母体である事務所の解散も相次いでいる。数年前のように全体の規模が膨らんでいく時代を終えて、女子アイドル市場自体は緩やかに縮小しているようだ。「アイドル戦国時代」といわれたブームはとっくの昔に去り、市場の縮小とあわせて構造的な変化を迎えている。

 この構造的な変化の中で、筆者が前から注目しているものに、ふたつの特徴がある。ひとつは、アイドルの楽曲やパフォーマンスの高度化という現象だ。数年前とは異なり、飛躍的に女子アイドルの歌やダンスのうまさがレベルアップしている。またファンの中で「楽曲派」とでもよぶべき、アイドルの歌のうまさや曲の良さを愛好する人たちが徐々にその数を増やしている。これはアイドル側の差別化戦略が成功している現れでもある。楽曲の内容もロック、ヘビメタ、ラップ、ディスコ調、ノイズ、前衛的な現代音楽を取り入れたものなど多彩だ。楽曲を提供する制作者の側も、アイドルを通して様々な実験を試していて、意欲的である。

 もうひとつの特徴は、「脱アイドル化」という現象だ。この「脱アイドル化」は文字通り、アイドルから音楽的なアーティスト(シンガー、パフォーマー)に移行する場合が多い。また「脱アイドル化」の極端形としては、日本的なアイドルの特徴(かわいらしさ、ファンとアイドルの共通体験の物語化など)を一切拒否する試みも最近現れている。後者の一例として、既製品的な"かわいらしさ"を拒否したブスiD(筆者はあまりにひどいグループ名だと思う)、名前も顔もわからないアイドルグループ「・・・・・・・・・」などをあげることができる。ただ前者の音楽的なアーティスト路線への転換の方が一般的である。そして実際に魅力的なアーティストを生み出している。

「脱アイドル化」する西恵利香

 今回、紹介したいのは、現在のアイドルの構造的変化のふたつの要素、(1)歌唱の高度化、と(2)脱アイドル化(アーティストへの転身)を体現している、実に魅力的なシンガーだ。名前は西恵利香。愛称は、えりす。今後もっとも注目すべきシンガーのひとりだろう。

 彼女の芸歴は長い。現在のシンガーの前は、アイドルグループAeLL.(エール)に所属していた。AeLL.は「エコロジー」や「健康」という独特のコンセプトを体現していた。アイドル名自体が、「Activity Eco Life with Love」の略だ。富士山清掃のための登山イベント、南アルプス市上宮地地区の遊休地を開墾し、農業体験をするプロジェクトなど、さまざまな「環境問題」とアイドル活動を結び付けていた。この例だけでも、いまのアイドルの多様化がわかるのではないか。

 このアイドルグループは、2011年から14年にかけて約3年活動を展開する。西恵利香のほかに、現在、グラビアアイドルとして人気のある篠崎愛ら四名のメンバーが所属していた。現在は公式には活動休止中である。実はこのAeLL.(エール)時代に、すでに西恵利香の「脱アイドル化」路線は準備されていた。彼女の歌唱力の素晴らしさが、あまりにもアイドルという枠を打ち破っていたからだ。



歌姫の誕生には、アイドル時代の「社会関係資本」が必要条件

 AeLL.(エール)時代に、西恵利香のソロアルバムとして発表された『Unjour』にそのシンガーとしての天分が記録されている。往年の名曲「みずいろの雨」(八神純子)、「真夜中のドア」(松原みき)を、現代的で切れのあるアレンジのもと、感性豊かに表現することで魅力的なカバーアルバムになっている。アイドルとしてのAeLL.(エール)が、高原の畑や山脈の登山道にふりそそぐ「昼」の輝く陽光だとすれば、このソロアルバムに刻印された彼女の歌唱は、まさに都会の孤独と哀感を感じさせる「夜」のイメージだった。

 この「昼」と「夜」のふたつのイメージは、いまも西のソロ活動を支える重要な柱だ。「脱アイドル化」の重要なポイントだが、アイドル時代のファンや、またアイドル時代に培ったほかのアイドルたちとの連携(交流)を大切にすることがあげられる。経済学的にいえば、「社会関係資本」と呼ばれるものだ。

 社会関係資本は、通常、企業や組織、コミュニティのなかで信頼関係を構築することで、人々がスムーズに仕事し、生産性をあげることに貢献する。アイドルの現場でも、アイドル、ファン、運営、そして共演することも多い多数のほかのアイドルグループたちとの社会関係資本こそ、いまのアイドルが大きく飛躍するキーといえる。

 西は、AeLL.(エール)時代に培ったこの社会関係資本(昼のイメージへの信頼)をいまも大切に育てている。特に、ソロ活動に移行してからの主舞台が、他のアイドルたちとの対バンイベント(対バンとは、複数のアイドル同士の共催イベントのこと)であったり、アイドル時代からなじみのあるライブハウスで活動が行われることでもわかる。

 特に西のライブ後の物販では、アイドル時代から続く彼女の丁寧なファンへの対応とその江戸っ子のような個性(本人は埼玉出身だが)に、アイドルならでは"癒し"を得ることできる。なお、アイドル現場に詳しくない方々への注釈だが、いまのアイドル現場の金銭的収入の主力は、ライブ自体の入場料よりも、ライブ前後に行われる「物販」(演者のCD、Tシャツ、タオルなどの販売)である。

 西恵利香がソロとして活動してから出された第二作目のアルバム『PROLOGUE』、そして彼女の最高傑作アルバムと筆者が評価している三作目の『LISTEN UP』は、彼女の「夜」の側面を際立たせる。ただ本人は、この「夜」のイメージにてらいがあるのかもしれない。先日行われた、『re:LISTEN UP』(先のアルバムのリミックス)のリリースイベントでは、舞台上で「夜の女のイメージが強いようですが、私は太陽の光も好きなのです」と笑ってみせていた。

 いずれにせよ、歌姫の誕生には、アイドル時代の「社会関係資本」が必要条件としてあった。また逆説的にみえるが、そのアイドルのイメージを払拭することで、西のシンガーとしての魅力が多重的に表れてもいる。筆者は、いまもそうだが、何度、彼女のオリジナル曲の数々に心を洗われたことだろうか。日本のアイドル特有の「癒し」を抱懐することで、ソロシンガーとしての西は日本でも独特の地位を生み出そうとしている。

 かってアイドル時代に、つんく♂に歌唱力を絶賛され、最近では辛口批評で有名なライムスター宇多丸にもその代表作『LISTEN UP』を称賛された。目利きはすでにわかっている。世界が西恵利香を知る番である。




・西恵利香公式ブログ http://ameblo.jp/erika-nishi/
・西恵利香twitter  https://twitter.com/nishierika_111
・オフィシャルtwitter   https://twitter.com/nishierikastaff

田中秀臣

最終更新:9/26(月) 11:40

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