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トルコはなぜシリアに越境攻撃したのか

ニューズウィーク日本版 9/26(月) 17:00配信

<8月24日にトルコがシリア領内での軍事活動を開始してから早一ヶ月。ここで、その推移を整理し、今後の焦点を考える>

 2016年8月24日にトルコがシリア領内での軍事活動を開始してから早一月となる。トルコ軍はシリアの反体制派と共にシリア北部のジャラーブルスおよびマンビジュで「イスラーム国」(IS)とクルド勢力に対する攻撃を展開している。クルド勢力とは、北シリアで勢力を拡大した民主統一党(PYD)、およびその軍事部門である人民防衛隊(YPG)、そしてYPGと連携する民兵集団、シリア民主部隊(SDF)を指す。

 なぜこの時期にトルコはシリア領内での活動を活発化させているのだろうか。本小論ではトルコのISとクルド勢力への対応を振り返りながら、この点について検討してみたい。

北シリアにおけるクルド勢力の影響力拡大

 2014年6月末にISが樹立されたことを受け、アメリカを中心とする欧米諸国は中東においてISに対抗する国家および組織を切望した。同盟国であるトルコやサウジアラビアがISとの戦闘に二の足を踏む中で、欧米諸国の要請に応えたのが、クルド勢力であった。

 2014年9月から15年1月にかけてのコバニ(アイン・アラブ)をめぐるISとの戦闘で勝利したことで、クルド勢力に対する欧米の信頼は飛躍的に高まった。クルド勢力は15年6月にタッル・アブヤドもISから奪還した。こうしたクルド勢力のシリア国内での伸張する、そして欧米諸国がクルド勢力を支持していることを快く思わなかったのがトルコである。

 トルコはPYDをはじめとしたクルド勢力を、トルコ国内の反政府勢力であるクルディスタン労働者党(PKK)と同一の組織と見なしている。トルコ政府とPKKは84年から抗争を続けており、これまでに双方合わせて4万人以上が死亡している。トルコ政府は、PKKや北シリアのクルド勢力がシリア国内で領土を拡張し、欧米の信頼を得ることで北シリアに自治区を建設しようとしているのではないかと警戒している。クルド勢力は、自治区建設を目指していることを公言していないものの、2016年3月18日に支配地域の統合を宣言するなど、着実に北シリアで基盤を築きつつあった。

 2015年9月30日にロシアがアサド政権をサポートするためにシリア空爆を開始したが、ロシアもアサド政権と協力関係にあり、IS掃討に貢献度の高いクルド勢力を重用した。さらに同年11月24日にトルコ・シリア国境付近でトルコ軍がロシア軍機を撃墜する事件が起こり、トルコとロシアの関係が悪化した。この事件後、ロシアのクルド勢力への支持が顕著となる。2016年2月にはモスクワにPYDの代表部が開設された。



トルコとロシアの関係改善で変わる風向き

 ロシア軍機撃墜事件で関係が悪化していたトルコとロシアであったが、2016年6月29日に関係正常化を発表する。8月9日にはレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領とウラジミール・プーチン大統領の会談が実現した。トルコにとって、ロシアとの関係改善は、シリアで「劣勢」を強いられていた立場を打破するきっかけとなった。8月24日からの越境攻撃はまさにその証左であった。

 越境攻撃におけるトルコ軍の目的は、ISの壊滅およびクルド勢力をユーフラテス川西岸から撤退させる、という2点であった。もちろん、ロシアとの関係改善以外に、トルコがISとクルド勢力に攻勢を強める理由はあった。8月21日にはトルコのガズィアンテプでISによると思われる自爆テロが発生し、54名が死亡した。一方、クルド勢力もシリアで攻勢を強め、8月13日にマンビジュをISから奪還していた。しかし、ISのトルコ国内でのテロとクルド勢力の伸張は今に始まった話ではない。そのように考えると、やはりロシアとの関係改善がトルコの越境攻撃の決定を後押ししたと言えるだろう。

 また、トルコで7月15日に起きたクーデタ未遂事件は外交には直接的な影響は及ぼしていないと考えられる。たしかに、トルコ政府がクーデタ事件の首謀者と名指しで批判しているフェトフッラー・ギュレン師の引渡しをめぐってアメリカとの関係が緊張したが、そのことがトルコ軍のシリア越境攻撃の直接的な要因とはなっていない。

 トルコ軍のシリア越境攻撃のまさにその日、エルドアン大統領、ビナリ・ユルドゥルム首相とアメリカのジョー・バイデン副大統領が会談している。この会談で、ギュレン師引渡しをめぐる溝は埋まらなかったが、その一方で、シリアへの越境攻撃に関してはトルコとアメリカで一定の合意があったと見られる。ロシアとの関係改善を盾にトルコ側がアメリカを押し切ったという方が正確なのかもしれない。クルド勢力に対する見解は異なるが、アメリカにとっても対ISへのトルコ軍の本格的な参戦は歓迎であった。

 トルコの越境攻撃に関しては、ロシア、そしてアメリカともにこれまでのところ静観している。ISの壊滅に関しては、利害が一致しており、各国間の足並みは揃っている。クルド勢力に対して、ロシア、アメリカともに協力関係は依然として維持している。ただし、両国ともトルコとの関係を考慮し、クルド勢力のユーフラテス川西部への侵攻は支持しない立場を採っている。

 焦点となるのは、今後予想されるISの拠点、ラッカへの攻撃である。アメリカはクルド勢力、反体制派、トルコ軍が協力して作戦を展開することを望んでいるが、トルコはクルド勢力との共闘はないと牽制している。アメリカ、さらにはロシアがトルコおよびクルド勢力を説得し、足並みを揃えてISへの攻撃を実施できるのかが注目される。


[プロフィール]
今井宏平
日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員。2011年中東工科大学(トルコ・アンカラ)国際関係学部博士課程修了。2013年中央大学大学院法学研究科政治学専攻博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員PDを経て、2016年から現職。専門は、現代トルコ外交、中東の国際政治、国際関係論。主な著作に『現代中東を読み解く』(共著:明石書店、2016年)、『中東の新たな秩序』(共著:ミネルヴァ書房、2016年)、『中東秩序をめぐる現代トルコ外交』(ミネルヴァ書房、2015年)などがある。

今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)

最終更新:9/26(月) 17:42

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