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“復活”ソニーの平井社長、愛車を駆ってJ・カビラ氏と六本木ディスコ通い

NIKKEI STYLE 9/27(火) 7:00配信

 3期ぶりの黒字転換、人工知能(AI)、ロボティクスへのチャレンジ表明と、2012年に社長に就任した平井一夫氏(55)のもと、復活を遂げつつあるソニー。その平井氏は、幼少期を海外で過ごした後、国際色豊かな国際基督教大学(ICU)で4年間を過ごした。日本を代表するグローバル企業のトップとして評判のプレゼン力は、大学時代のアルバイトで培ったという。

■日本と海外をいったりきたりの生活から、日本に腰を据えた生活をしたいと思い、ICUに入学した。

 銀行員だった父親の仕事の関係で、子供のころから日本と北米を行ったり来たりの生活でした。
 小学1年の1学期まで日本にいましたが、父親の転勤でニューヨークに引っ越し。4年の1学期まで過ごしました。現地の小学校に編入しましたが、初めは英語がさっぱりわからず、大変な日々。ただ、子供は外国語の上達が速いので、私も間もなく英語が話せるようになり、友達もすぐにできました。
 ところが、米国での生活に慣れたころに、日本に帰国。小学6年の時に、再び父親に転勤辞令が出て、今度はカナダに引っ越し。中学3年の途中までカナダで暮らしました。
 それから再び日本に戻り、東京都調布市にあるアメリカン・スクール・イン・ジャパン(ASIJ)に入学しました。しかし、その1年後、父親が今度は、サンフランシスコに転勤。私も現地の高校に編入しましたが、落ち着く間もなく高校3年の時に帰国、ASIJに再編入しました。
 海外生活のほうが長くなるにつれ、日本語よりも英語のほうが上手くなりました。家の中では、両親とは日本語で会話しましたが、弟とは英語。日本語を忘れないようにと、現地で日本語の補習校にも通いましたが、漢字が苦手で、日本に戻った時は苦労しました。
 大学進学にあたっては、日本に腰を据えたいと思いました。当時は、ASIJを卒業した生徒が日本の大学を選択する場合、積極的に門戸を開いていたのはICUと上智大学ぐらい。ICUは、海外の学校制度に合わせた9月入学もあるので、6月にASIJを卒業した私は、9月にICUに入学しました。

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最終更新:9/27(火) 7:00

NIKKEI STYLE

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