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混乱のリオも次回東京も「競技支える楽しみ」を大切に

NIKKEI STYLE 9/27(火) 7:00配信

 「五輪ジャンキー」を自称する英国で経営コンサルタントを営む西川千春氏(56)のリオデジャネイロ五輪ボランティア体験記。最終回は3大会でボランティアを経験した西川氏の東京大会への思いをお伝えする。
 「西川さん、ぜひこの本を読んでからブラジルに行ってください」。今回リオ行きにあたって、ブラジル文化研究のエキスパートである東京外国語大の武田千香教授からご自身が書かれた「ブラジル人の処世術 ジェイチーニョの秘密」(平凡社新書)という本を頂戴した。現地に行ってみると、「なるほど」とうなずけることばかりだった。
 「Gambiarra=ガンビアーラ」。今回の大会はまさにこの一言に尽きるだろう。ポルトガル語で「(困難な中でも)何とか最後はどうにかする」という意味だそうだ。ブラジル人いわく、計画を立てて始めるのは不得意だけど、どうにかしてうまく終わらせるのは天才。一つの美学かもしれない。経済の破綻、政治の迷走、治安の懸念、ジカ熱、設備施設の建設遅れなど、これほど問題を抱えて始まった大会もなかった。
 それでも大きな問題も起こらず、どうにかして無事にオリパラを終わらせたリオにまず拍手を贈りたい。書籍にあった「ジェイチーニョ=Jeitinho」とは同じくブラジル流に解決するという意味だろうか。プールの水が緑になったって、施設が仮設モード満点だって許せる。本当に楽しかった。
 オリパラのボランティアの考え方には世界的に大きく2つのタイプに分けられる。採用する人たちを初めから限定してリクルートする北京やソチのモデル。そして広くオープンに募集したシドニーやロンドンだ。この場合、ボランティア文化の有無に関しては、前者が無しで、後者が有りと分かり易い。
 ところが今回リオ大会はオープンモデルを採用しながら、ボランティア文化がないというかなり危ないシナリオだった。ソチ冬季大会はボランティアというより、学生の大量動員。外国人や一部を除けば、ほとんどが二十歳前後だった。新しいロシアの顔として希望に満ちあふれた彼らの活躍はすばらしく、明るかった。
 ただしソチは同時に重要な要所、例えば通訳などではプロがしっかりと押さえていた。何しろ部署ごとにまとまって宿舎で部活動の冬合宿みたいな共同生活。いい歳したオヤジまで一緒だ。計画通りにボランティアを適正配置し、あとは有給スタッフであるマネジャーが厳格に管理していた。何しろ共同スペースでは飲酒も禁止だった。当然ちょくちょく抜け出してピザを食べたり、酒を飲みに行ったりしたものだ。脱落者なんて出るわけない、非常にシンプルな構造だ。
 一方ロンドンは人種、宗教、性別、年齢、障害の有無、性的志向などすべてを内包し、様々な人たちが参加していた。リオもある程度年齢層には幅があったが、経済的な理由もあってすべてのブラジル国民を総括していたとは思えない。英国はスポーツに限らず大規模イベントを昔から常時行っており、運営の経験は非常に豊富だ。
 ロンドン大会のボランティアプログラムの責任者、フィル・シャーウッド氏と何回か話したことがある。元陸軍大佐だった彼に言わせると、運営は指揮を執ったイラクやアフガンの戦場とまったく同じ。採用し、トレーニングをし、装備を与えて、適正に配備し、モチベーションを維持し、任務を達成させ、最後は無事に撤収させるのだ。年中イベントを渡り歩く、優秀な運営のプロもたくさんいる。
 そして運営が「ボランティア」の意味合いをしっかり認識している点が大きい。つまり、決して「安い労働力」とは見ていないことだ。英国人にとって自分の時間は最も貴重なものの一つだ。その貴重な時間を無償で提供し、オリパラの成功のために働いている我々を、国民の大多数が英国選手同様に英国の代表と感じ、応援してくれた。選手がエリートならボランティアは普通の人達の代表だ。特に活動が始まり、我々の姿を見かけるようになると、途端に態度が変わってきた。
 普段は知らない人には必要がない限り話しかけることもない英国人が、ユニホーム姿を見ると寄ってきて「どんな仕事してるの?」「ボルトは見た?」なんて話しかけてくるのはしょっちゅう。勤務後にパブで飲んでたら、知らない人に「Good Job! =ご苦労さん」ってビールをごちそうしてもらったこともある。通りすがりの配達の兄ちゃんから声援が飛んだり、パブの前で飲んでたスーツ姿の一団から拍手してもらったりもした。
 3回の大会を経験したことで、東京の成功のカギが自分なりに見えてきたと思う。ロンドンのボランティア文化と運営、リオの人間力。これに日本人のち密さとクールさが合わされば必ずすばらしい大会になるに違いない。日本では大会運営のスタッフは出向者が大半を占める状況になるだろう。幸いなことに日本人は与えられた状況下で、一人一人が責任をもって大きな目的のために任務を貫徹できる類いまれな能力を持つ民族だ。
 それでも腕一本で今の仕事に命を懸ける本当のプロとは気合が違う。日本でこれを補完できるのは士気が高い現場のボランティアリーダーしかありえない。日本の過去の成功はほとんどが現場の強さによってもたらされたことをもう一度思い返すことだ。このリーダーシップを発揮できる人材を見つけ出すこと、そしてその中心となる中堅層が率先してボランティアに参加できる状況を作り出すことが絶対に必要だ。
 そのためにもボランティアへの誤解を解き、スポーツを「支える楽しみ」をPRすること、自分たちの代表として国民が応援してくれる雰囲気をつくるのが組織委員会の大きな仕事になるだろう。
 またオリパラは世界的なスポーツイベントであり、日本人だけで運営できるものではないことを理解することだ。自分たちとは全く考え方が違う、日本語を話さない外国人ボランティアやスタッフが何千人もやってきて運営組織に合流する。日本が内なる多様性も含め、すべてを内包できる社会になるための大きな挑戦だ。問題視される日本人の一般的な英語能力は、はっきり言ってロシアやブラジルよりも格段に上だ。問題は失敗を恐れしゃべらないこと、その機会が少ないことだ。これから4年間でどれだけきっかけ作りをしていくかは英語教育に携わるものとしても考えていきたい。
 「アイルトン・セナ知ってるでしょ?」。リオで満員のバスで前に立っていたお兄さん(というよりオジサン)がユニホーム姿の私を見てニコニコと話しかけてきた。よく見ると、自動車のF1レーサーだったセナのTシャツを着ている。熱烈なファンだったのだろう。当然すべてポルトガル語だ。こちらも「ホンダ、鈴鹿」とか「日本人はセナが大好き」と負けずに日本語と英語で返す。「今は亡きセナはブラジルの英雄で、日本との絆はすごく強いんだ。彼は日本が大好きだった」と、なんと1分でお互い完璧に理解し合ってしまった。
 今まで世界のいろいろな国に行ったが、ブラジル人ほど心優しく、親切でフレンドリーな人たちを見たことはない。そして言葉が分からなくても相手に気持ちを伝えようとする努力。ブラジル人は言う。「ブラジルやリオは完璧じゃない、問題ばかりだ。それでもブラジルを愛すること、どんな人でも受け入れるウエルカムの心と行動だけは誰にも負けないんだ」
 そんなブラジル人が本当に好きになった3週間。日本が学ぶことはたくさんある。そして限りなく美しく、すばらしい大会に参加できたことを本当に誇りに思う。リオへの想い、サウダージはいつまでも私の心に残るだろう。ブラジルそしてそこに住むカリオカたち、本当にありがとう(ポルトガル語でObirigado)。次は僕たちの番だ、東京で会おう!
Obirigado Rio de Janeiro, Obrigado Carioca!
 にしかわ・ちはる 1960年、東京都生まれ。慶応大学法学部卒。アリゾナ州立大で国際経営学修士(MBA)。90年、日本精工の駐在員としてロンドンへ。その後英国に留まり、2005年に経営コンサルタントとして独立。日本スポーツボランティアネットワークのプロジェクトに特別講師としてかかわるほか、目白大学外国語学部英米語学科講師。
英国在住経営コンサルがはまった五輪ボランティア体験記(上)
英国在住経営コンサルがはまった五輪ボランティア体験記(中)

最終更新:9/27(火) 7:00

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