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北朝鮮に拉致された映画監督が与えられた最高の製作環境?

メディアゴン 9/27(火) 7:40配信

高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]

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韓国を代表する映画監督・申相玉(シン・サンオク:1926年生)と、その妻で韓国のトップ女優である崔銀姫(チェ・ウニ:1928年生)は、北朝鮮に拉致された後、その地の映画制作の総責任者 兼「天才芸術家」である金正日の指揮の下、17本の映画を完成させた。

しかし、それは面従腹背の行動であり、夫妻は8年の拉致状態から逃れるために1986年、ウィーンのアメリカ大使館に駆け込んだ。

その数奇な経緯は夫妻が書いた「闇からの谺 北朝鮮の内幕」(文春文庫)に詳細に記されている。

「こんなとはあるのか? 本当に拉致なのか? 書かれていることはすべて真実なのか?」それが上下二巻の分厚い本を一気に読んだ筆者の素直な感想だ。

先日、映画「将軍様、あなたのために映画を撮ります」(製作・英国BBC)を渋谷ユーロスペースで見た。原題は「The Lovers and the Despot」(恋人達と独裁者)である。

映画は「闇からの谺」を読んだ者にとってはこの本の告白が真実であったかどうかを跡づけるように進行して行く。読まなかった者には、この「拉致・洗脳・映画制作」がすべて真実であったことを強烈に印象づける。

韓国では妻・崔銀姫は拉致であったが、夫・申相玉監督は、望んで北に渡ったのではないかという噂が流れていた。しかし、映画では崔銀姫へのロングインタビューやCIAを除くあらゆる関係者の取材によって、申相玉監督も拉致であったことが示される。

白眉は、独裁者自らの指令によって行われた拉致であることを証明する金正日の「肉声」録音テープである。夫妻とやりとりをする金正日の声。金正日は甲高い声で、早口で次のように話す。

 「映画製作のためにあなた方に目をつけた」
 「『(工作機関に)2人を連れてきなさい。重要なんだ』と言った」
 「南朝鮮(韓国)の映画が大学生レベルなら、我が国の映画は幼稚園レベルだ」

そして、そこから夫妻に北朝鮮で映画を撮って欲しいと述べるのだ。筆者は、金正日がすぐれてカリスマ性を持つ、父・金日成に大きな劣等感を抱いていたと考える。金日成に勝てる分野は芸術しかない。そう思っていた節があるからだ。

金正日の演出論は「俳優と演出」などが日本語でも読めるが、それは北朝鮮労働党の政治思想である「主体思想(チュチェしそう)」を背景にした訳の分からないものだ。しかし、本当は西側の映画に強いあこがれを持っていたのではないか。

金正日は夫妻にこうも述べている。

 「南朝鮮(韓国)には自由も、民主主義もない。あなたたちは本当の自由を得るために(北朝鮮に)来た。創造の自由を約束する」

この言葉があったために、申相玉監督は皮肉にも最高の制作環境を手に入れた。
制作費はいくらでも使ってもよい。思想的なことに口出しはされない。監督の北朝鮮映画「プルガサリ」は農民の作る鉄を無慈悲に食い荒らす怪獣の特撮映画だ。スーツアクターはゴジラにも入っていた日本人俳優であるし、特撮のため日本から東宝のスタッフを呼び寄せて作ったものである。

そういった意味では、日本の映画製作環境はどうなのだろうか、という点に筆者は思いが至る。

BBCはこの映画の制作費を出したが、もし同じ企画が持ち込まれたとしたならNHKは出すだろうか。英国の自由さ、懐の深さに日本はまだまだ遅れている。

映画自体のすばらしさをもうひとつ指摘しておこう。
映画には「インタビューと申相玉監督の映画のシーンで構成された」とクレジットされる。しかし、筆者から見るとまるで再現でしか撮れないと思われる映像が数多くある。これがクレジット通りだとしたら、この編集の腕は相当のものである。

高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]

最終更新:9/27(火) 7:40

メディアゴン

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