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DeNA、痛すぎる“超便利屋”の離脱。CS突破へ、須田の穴をどう埋めるか

ベースボールチャンネル 9/27(火) 11:00配信

「超便利屋になる」と宣言してチーム最多の62試合に登板した須田

 その瞬間、横浜DeNAベイスターズのファンならば驚きと焦りに駆られ「あっ!」と声を上げたにちがいない。

 9月24日、横浜スタジアムで行われた巨人との今シーズン最終戦。セットアッパーの須田幸太は7回2死1塁の場面でマウンドへ上がった。立ち上がり坂本勇人にフォアボールを与え2死1、2塁にすると、つづいて阿部慎之助を迎えた。

 一打勝ち越しという力の入るシチュエーション。ここで悲劇は起こった。初球を投げた瞬間、須田は左太もも裏に手を当て、まともに立っていられない状態に……。苦痛に顔をゆがめ、一見するかぎり攣ったというレベルではない。須田は、篠原貴行投手コーチとメディカルスタッフに肩を支えられながらベンチに下がり、緊急降板した。

 ラミレス監督が「非常に厳しい状況」と語るほどの症状。25日に出場選手登録を抹消され、チームとして初進出となったクライマックスシリーズへの出場は絶望的となった。須田は負傷後に「(29日の)番長の試合で投げたかったなあ……」と無念を露わにしている。

 ここまで須田はチーム最多の62試合に登板し、防御率2.68と上々の成績をあげ、ブルペン陣のリーダーとして存在感を示してきた。

 昨シーズンから中継ぎとして力を発揮しはじめ、今シーズンは開幕前に「超便利屋になる」と自ら宣言。その言葉通り、勝利の方程式はもちろん、同点やビハインドの場面でもマウンドに立ちつづけ、キレのあるストレートを武器に、度胸満点の投球でチームに活力を与えてくれた。

 公私ともに仲の良い田中健二朗との“左右リリーフ二枚看板”は、チームをCS進出へ導くにあたって、無くてはならない存在だったといっても過言ではないだろう。

「勝っていても、負けていても、基本的に投げたい」

  DeNAが熾烈な上位戦線を戦っていた夏場、チームに疲れが見えてきた頃であっても須田は「どんな場面でも出る」と言い、好調の原因を次のように語ってくれた。

「開幕当初は調子が悪かったんですけど、徐々に調子を上げていったという感じですね。プロになって6年目になりますが、体のキレは今年が一番いいと思うし、調子の波をきちんと維持できている。要因ですか? 中継ぎに専念できているというか“超便利屋宣言”をしたことによって、体調管理や練習方法が確立されたのが大きかった」。

 須田は、セットアッパーという仕事を突きつめ、時と場合によって“やるべき練習”と“省くべき練習”の取捨選択ができるようになったという。また相手打者への研究をはじめ、試合に入って肩を作るタイミングが確立されたことも好調の要因にあげている。

「コーチの皆さんからは細かい技術面指導をはじめ、毎回ミーティングでこのバッターに対しての配球はこうだといった指示があります。試合中も対象バッターの攻略の仕方を分析してくれているので、僕としては本当にありがたいですね。現状、勝っていようが負けていようが出番はあると思っているので毎試合準備しています。こういった安定したリズムを持ったことによって気持ちの部分も作りやすい。すごく集中できるんですよ」

 塁にランナーが残った厳しい場面、そこにはいつもマウンドを踏み慣らす須田の姿があった。そして初球から、ど真ん中のストレートを力一杯放り込む。

「それでいいんですよ。初球は真ん中で(笑)。ただフォアボールだけは出してはいけない、打たれるのはしょうがない、という気持ちで勝負しています。

 僕は何でも屋だから、勝っていても負けていても基本的には投げたいんです。極端なことを言えば、もちろん監督の指示には従いますが、別に勝利の方程式なんかに入れてもらわなくても構わない。例えば負けの試合で投げて、自分のピッチングで少しでも勝負の流れをもってこられたらそれで十分。これが僕の仕事だし、今年はそこにブレがない」

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最終更新:9/27(火) 11:00

ベースボールチャンネル

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