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原武史×保阪正康・対談 全貌が明らかになった「天皇の旅路」

Book Bang 9/27(火) 8:00配信

『昭和天皇実録』は鉄道情報の宝庫だった!? 数千点にのぼる鉄道資料と突き合わせてあぶり出した仰天の昭和天皇鉄道乗車記録。監修者原武史氏と保阪正康氏が異色の「皇室本」について語り合った。

『昭和天皇実録』からスピンオフ

日本鉄道旅行地図帳編集部(以下編集部) この本は一昨年公開された『昭和天皇実録』(以下『実録』)をもとに、昭和天皇の皇孫時代から崩御前年まで、鉄道に乗車した記録を抜き出し、鉄道の資料と突き合わせて、年表にまとめたものです。原さんには時代解説と監修をお願いしました。

保阪 まあよく作りましたね。年表見て、感心するやら、呆れるやら……(笑)。泊まった旅館まで実によく調べていますね。これは全部『実録』に書いてあったものですか?

編集部 基本は『実録』の本文です。

保阪 この種の本は初めてでしょうね?

編集部 御召列車をテーマにした本はこれまでも数は多くはありませんが、出ています。ただ乗車記録を網羅的にまとめた本はありません。これは『実録』が公開されて初めて可能になりました。

保阪 ということは、『大正天皇実録』や『明治天皇紀』などから記録を抜き出すのも可能ということですか。

原 やろうと思えばできますね。

保阪 御召列車といっても、種類があるんでしょう? 天皇が乗る列車のことを指すんですか?

原 時代によって変わりますが、天皇・皇后・皇太后が乗る列車で、皇太子を含める場合もありました。

保阪 車両は日本製ですか?

原 明治初期は日本製ではなくて、車両はイギリス製、機関士もイギリス人、運行の基本となるダイヤグラムもお雇い外国人が引いていました。日清戦争の頃から、国産の機関車が製造され、ダイヤグラムも日本人が引くようになりました。

保阪 なるほど。明治三十年代に当時皇太子だった大正天皇が全国をまわりますね。あの時も御召列車に乗ったのですか?

原 必ずしも御召列車ではなくて、一般の乗客が乗る列車にも乗りました。

保阪 御召列車の車両は現在でもどこかに保存されているんですか?

原 大宮の鉄道博物館には歴代の御料車(天皇・皇后・皇太后が乗車する車両)が展示されています。九州鉄道がドイツから輸入した2号御料車には、東京神田須田町にあった交通博物館時代に、車両の中に入ったことがあります。

保阪 明治時代の列車ですと、たとえば時速どのくらいだったのでしょうね。

原 表定速度(走行距離を時間で割った値)三十キロぐらいでしょうか。明治二十四年の大津事件の際、明治天皇は事件の翌日急遽列車を仕立てて京都に行くんですけど、朝六時半に新橋を出発して、夜九時十五分には京都に着いています。新橋~京都間十四時間四十五分。表定速度は三十五キロぐらいです。その程度のスピードでした。

保阪 ロシアのニコライ皇太子はどこかに入院していましたっけ。

原 京都の宿泊先に戻ります。

保阪 明治天皇はそこに駆けつけたわけですね。

原 基本的には明るいうちにしか御召列車は走りませんから、いかに異常事態だったかがわかりますね。この時期は途中で一泊するのが普通でした。

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最終更新:9/27(火) 8:00

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