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高度成長期の負の遺産アスベスト 処理へ終わらぬ戦い

NIKKEI STYLE 9/28(水) 7:00配信

 2020年の東京五輪・パラリンピックに向けた再開発で、避けては通れない問題がある。かつて建材で使われた、有害なアスベスト(石綿)の処理だ。ビルの解体・改修時には、飛散防止など適切な対応が欠かせない。今後の処理にかかる費用は8兆円とも言われる。前回の東京五輪(1964年)に象徴される高度経済成長の負の遺産、アスベストとの戦いは、これからが本番だ。
 8月下旬、首都圏のある大型スーパーで実施された、アスベストの無害化処理に同行した。手掛けるのは専門業者のエコ・24(東京・港)だ。
 建物の解体で廃材から出るアスベストの処理は、処分場への埋め立てや溶融が一般的。溶融ではJXグループが大手だ。一方、建物を改修して使う場合などアスベストをそのまま封じ込めた方が都合がいいケースもある。エコ・24は封じ込めで独自技術を持つ。
 午後10時、閉店後の店舗4階フロアで、作業員7人が、慣れた手つきで準備を進めていた。
 作業には専用の使い捨て防護服を着る。アスベストを防ぐため、袖口や足首の開口部は粘着テープで念入りに防ぐ。
 「アスベストが絶対入らないように、マスクのベルトはきつく締めて」。こう指示され、慌ててベルトを締め直した。
 アスベストとは繊維状の天然鉱物だ。直径は0.02~0.35マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルで髪の毛の5000分の1の細さ。熱や摩擦に強く、安価なため、断熱材や防火材で幅広く普及。日本では戦後、建材が木から鉄骨に移るとともに、本格的に使うようになった。
 しかし、空気中に飛散したアスベストを吸入すると繊維が肺に刺さり、肺がんや中皮腫の原因になることが次第に判明。2000年代に入り、製品の製造・輸入・使用が禁止になった。
 今回の作業場は、天井裏だ。天井裏の入り口に置かれた脚立の周囲は厚いビニールで覆われ、作業員らが「セキュリティールーム」と呼ぶ空間が形成されている。
 内部にはエアシャワーを設置。出入りする作業員や機器に付着したアスベストを風で吹き飛ばして吸い取る仕組みだ。
 天井裏に入り、「これだよ」と示された方を見ると、アスベストがびっしり吹き付けられていた。1960年代のものだが、経年劣化のせいか、一部がはがれ、天井の床に積もっている。老朽化した建物に指摘されるリスクだが、地震などで天井が破損した場合、アスベストがフロアに散乱していたかもしれない。
 天井は高さ約70センチ。作業員は窮屈そうな姿勢のまま、アスベストに、封じ込めの切り札となる独自の液剤を噴霧した。
 同社はもともと塗装が本業だ。金属のコーティングに使うシリコーンなどを含む液剤をアスベストに噴霧すると、成分が浸透して形状が変化し、無害化できることを発見。事業化し、今では売上高の8割をアスベスト対策が占めている。16年度の同事業の売上高は、前年度比で倍近い11億5000万円を見込む。
 天井裏には熱気がこもる。作業員は「汗だくになるので、防護服の下は下着だけ」という。1時間ほど作業すると、セキュリティールームに戻って水分を補給する。そのたびに防護服を脱いで3重のビニール袋に入れて廃棄し、また新しい防護服を着るのが同社の決まりだ。
 今回の大型スーパーの工事期間は2週間。液剤には強いにおいがあるため、翌日の営業に響かないよう、午前3時には作業を終了した。
 国内でアスベスト対策が注目される契機となったのは、06年に発覚した「クボタショック」だ。
 原料にアスベストを使ったセメント管を製造していたクボタの旧神崎工場(兵庫県尼崎市)で、近隣住民の健康被害が判明。工場に関係のない一般住民の発症は波紋を広げ、健康被害者の救済法整備につながった。
 そして建設業界でも、除去が注目されるようになった。13年には法改正で、建物工事の際、アスベストの有無を届け出る義務者が現場の施工者から所有者に変わった。問題が起きれば所有者が責任を追及されるため、管理が進んだとされる。
 国土交通省は、高度経済成長期に建てられた建物の耐用年数から換算すると、処理のピークは30年頃、完了は50年以降と予想する。もっとも、首都圏では再開発で処理が前倒しで進む可能性がある半面、耐用年数を超えて使われる建物もあり、一概には言えない。
 また、環境省は13年、1950~80年代にアスベストが使われたとされる建物のうち、処理が済んだ建物は3割で、残る7割の処理に1年間で1640億円、50年間で8兆2000億円の費用がかかると試算した。
 一方で、NPO法人・アスベスト処理推進協議会の小暮幸雄理事長は「今後の課題は人材の確保だ」と指摘する。「現場では、より経済性が見込める五輪関連の建築や放射性廃棄物処理などに作業員が取られている。クボタショック後に急増した処理業者も現在は反動で減っており、十分とは言えない」ためだ。
 再開発と同時並行で、徹底が求められる負の遺産の処分。完済までの道のりは、まだ長い。
(大平祐嗣)
[日経産業新聞2016年8月31日付]

最終更新:9/28(水) 7:00

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