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オシムJ、「日本化」の枠を超えていた野心。格上の相手をも圧倒しうる、リスク冒す戦い【西部の4-4-2戦術アナライズ】

フットボールチャンネル 9/28(水) 10:20配信

 アトレティコの躍進を受けて、復活の感がある4-4-2システム。Jリーグで頻繁に採用される一方で、意外にも日本代表ではそれほど使われてこなかった。オシム監督時代の日本代表は、相手に合わせて3バックと4バックを併用していたが、2007年のアジアカップには4バックで臨んだ。当時話題になった「日本サッカーの“日本化”」とはどのようなものだったのか。オシムジャパンのサッカーを振り返る。(文:西部謙司)

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日本サッカーの「オシム化」

 イビツァ・オシム監督は就任時に「日本サッカーを日本化する」と言った。しかし、日本にすでにあるプレースタイルを尊重するという意味ではなかったようだ。簡単に言ってしまえば、オシム監督が行ったのは日本の「オシム化」である。同じように、ジーコ監督はジーコ化ないしブラジル化であり、その前はトルシエ化だ。どの監督も素材(選手)の特徴を最大限に引き出そうとするわけだが、とりあえず自分の型に入れている。

 オシム監督の戦術は特殊な部類だった。アルゼンチンやチリを率いたマルセロ・ビエルサ監督、現在ではセビージャのホルヘ・サンパオリ監督と似ている。この型のサッカーをやるチームは極めて少なく、「日本化」されているはずの選手が最初に感じたのは違和感だったはずだ。

 守備は基本的にマンツーマン。しかも前方からハメ込んでいく。70年代には主流だったが、オシムが代表監督になった時期にマンツーマン・ベースで守るチームはほとんどなかった。04年のユーロで優勝したギリシャ、60年代から同じ戦術で通してきたギー・ルー監督のオセール(フランス)ぐらいである。その意味では、マンツーマンは時代遅れだった。しかし同時に先進的だったともいえる。

 80年代末にACミランが始めて、00年代にはほぼ世界中に普及したゾーンディフェンスは、08年ユーロでのスペインの優勝を境に「ゾーンの隙間」を浸食されるという危機に直面する。ところが、マンツーマンで守れば「隙間」はない。スペインとバルセロナの登場で世界的に抱えることになる難題が、最初から存在しない。

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最終更新:9/28(水) 10:43

フットボールチャンネル

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