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一日280人が誘拐され、年間2万7000人が殺される! 止まらぬメキシコの犯罪被害

HARBOR BUSINESS Online 9/28(水) 16:20配信

 メキシコの2013年の誘拐被害者は10万2883人、一日にほぼ280人が誘拐されていたことがわかった。

 現在も誘拐事件は留まる様相はないという。その要因はメキシコに蔓延る麻薬組織カルテルとそれに関係した暴力組織が犯罪を犯していることによるものである。(参照「El Confidencial」)

 つい先日も、メキシコの犯罪事情がスペインで大きく報道される機会を生む事件が起きた。スペインサッカー連盟の会長で、国際サッカー連盟(FIFA)の副会長でもあるアンヘル・ビリャール氏の姪マリア・ビリャールさん(39才)が誘拐されて翌日遺体となって発見されたのだ。彼女の友人らの証言と連邦警察の追跡調査によって、この事件に関わる状況が解明された。それによると、9月14日の21時くらいに、メキシコ市内のショッピングモールで買い物をした後、そこからタクシーに乗り、それ以降、消息を絶ったというのだ。その後、身代金要求の通報があり、家族は9万ペソ(1000万円)を支払ったという。彼女はメキシコ市内のIBMに勤務しており、治安事情の悪いことは十分に承知しているはずであった。(参照「20minutos」)

 犯罪防止の為にメキシコ政府は以下のようなことの実行を呼び掛けている。

●タクシーは指定の乗車場所からしか乗車しないこと。

●夜の運転は避けること。特に、ハリスコ州、ゲレロ州、ミチョアカン州、フアレス州の4つの州は危険度が非常に高いとされている。

●無料道路よりも有料道路を利用すること。

●富裕であることを見せないこと。

●公の場で証明書、クレジットカード、現金、カメラなどを見せないこと。

●自動現金預け払い機(ATM)は安全が確保された場所にあるものを使用すること。

●高級車の乗車、及び高級時計や宝石を身に着けることは避けること。

(参照「El Confidencial」)

◆殺人被害者数は昨年だけで2万人超

 別の統計もある。国立地理及び統計協会によると、2015年に殺害された被害者の数は2万7213人だという。殺害事件が目立って増加したのはバハ・カリフォルニア、ベラクルズ、チチュアカン、コィマ、ゲレロ、ミチョアカン、ヌエボ・レオン、オアチャカの8州だという。今年に入っても、最初の7か月で既に1万2376人が殺害されたという。これは昨年同時期に比較して16%の増加だ。(参照「Internacional」)

 特に8月はそれがさらに加速して、ひと月で2147人が殺害されたことが、公共保障システムを通して発表された。32ある州の内、19の州が先月に比べ被害者の数が増加した。麻薬組織と癒着していると噂されているハビエル・ドゥアルテが州知事を務めるベラクルズ州では、今年1月から8月まで872人が殺害されたという。(参照「Internacional」)

 暴力犯罪の専門家アレハンドゥロ・ホーペ氏は、今年の殺害による被害者も2万4000人を超える可能性があるとして警告している。2012年12月にペーニャニエト大統領が政権に就いてから集計すれば既に6万3598人が殺害されたことになるという。(参照「Internacional」)

◆犯罪対策で3兆円投入も効果なし

 メキシコで殺害、誘拐、恐喝、麻薬密売など犯罪が多発しているのは、先述した通り、麻薬組織カルテルとそれに関係した暴力組織が蔓延っているのがその最大の要因である。9つの主要カルテルを含め、45のカルテルと88のグループから成る暴力組織が存在しているメキシコである。

 ペーニャ・ニエト大統領も、就任後の2013年1月から今年末までに5900億ペソ(3兆円)を投入して治安の安全を確保するために取り組んでいる。しかし、その成果は実っていない。米国市場で麻薬の売買が発展している限り、カルテルを取り締まることは難しいという要因もある。しかも、連邦警察官や軍人の一部そして政治家の中にもカルテルと癒着している者がいる関係から、中央政府が治安の安全を図ろうと努力しても、それが功を奏しないのが現状なのだ。

<文/白石和幸>

しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:9/28(水) 16:45

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