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無名から世界一へ 金メダリストが語る「圧倒的集中力&執念」引き出す方法

THE ANSWER 9/29(木) 16:58配信

五輪3連覇の偉業を成し遂げた野村忠宏さんも大学までは無名だった―

 一人の大学生が一躍スターダムにのし上がった裏には練習方法の意識改革にあったという。

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 1996年アトランタ五輪。当時無名だった野村忠宏さんは男子柔道60キロ級で金メダルを獲得し、2000年シドニー大会、2004年アテネ大会とアジア人史上初となる3連覇を達成した。中学・高校時代は決して目立った成績を残したわけではなかったが、大学時代に急成長を遂げての快挙だった。

 野村さんは8月に大塚製薬が取り組む「ポカリスエット エールと、ともに。 ブカツ応援キャラバン」の一環で、神奈川県の桐蔭学園高を訪問。全校生徒対象の講演会を行い、柔道部に指導も行った。その際に自身の飛躍の転機となった大学時代の練習について回想した。

 野村さんは天理中学校、天理高校を経て天理大学に入学。高校と同じく、大学も全国屈指の強豪に入部したものの、「大学で実力が伸びてきている実感はありましたが、全国レベルにはなかなか届かなかった」。しかし、大学2年生の時に飛躍の転機が訪れた。そのきっかけとなったが、1984年ロサンゼルス五輪60キロ級金メダリストの細川伸二氏の指導だった。

 今回のリオデジャネイロ五輪73キロ級で金メダルに輝いた大野将平(旭化成)を指導したことでも知られる細川氏だが、野村さんも教え子の一人。野村さんはその当時の練習をこう振り返った。

意識を変えることで訪れた劇的変化

「乱取りという実戦形式の練習をメインに行っていました。6分1回、休憩1分を繰り返して計13回にわたってトレーニングをします。実際の試合は5分ですが、どちらが勝つか分からないギリギリの勝負は、鍛えていても腕はパンパンで息切れも起こりますし、立っていられないほどのハード5分間です」

 その際、細川氏から以下のようなアドバイスを受けたという。

「お前はよう頑張っているけど、その練習じゃ強くなられへん。本気で勝負したいなら、練習への意識をすべて変えろ。計13本の練習じゃなくて、1本ずつ厳しい、苦しい試合をイメージして出し切れ。それを積み重ねていけ。バテたら休んでもいい」

 その言葉通りに練習を行うと、劇的な変化が訪れた。

「1本ずつ全力で乱取りをこなすことで、練習の強度が一気に上がった。自分の中で『残り何本だな』と心のどこかで考えているから、13本をこなす練習しかできていなかったんです。試合に生きる練習とはそういうものではないですし、実際に意識を変えていったら6分×5本でフラフラになるほどでした」

 実際、これ以上動けないという感覚に襲われたという。そこで細川氏に限界だと訴えたところ、意外な答えが返ってきた。

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最終更新:9/29(木) 17:19

THE ANSWER

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