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さらば番長。三浦大輔がプロ初登板の日に誓った「最後の真剣勝負」

webスポルティーバ 9/29(木) 12:20配信

 9月29日の横浜スタジアム最終戦で、横浜DeNAベイスターズの三浦大輔が25年におよぶ現役生活の幕を閉じる。

【写真】若手選手の目標であり続けた三浦大輔。写真展が期間限定で開催中

 20日に横浜市内で行なわれた引退会見で、ファンに向けてのメッセージを求められた際、三浦はそれまで抑えていた感情が乱れたのか言葉を詰まらせ、目に涙を浮かべた。自身の引退そのものではなく、ファンに対する想いに駆られたゆえの感情の高ぶり――誰よりもファンに愛され、誰よりもファンを大切にした三浦ならではの姿といっていいだろう。

 1991年、ドラフト6位で指名された無名の高校生は、生き馬の目を抜く世界で見事に成り上がり、ついには四半世紀の時を経て惜しまれながら引退を決意した。現役を退く理由をシンプルに「勝てなくなったから」と言うだけあって、とにかく飽くなき闘争心の持ち主だった。

 これまで幾度となくインタビューをしてきたが、常にポジティヴで不屈。ケガや不調など苦しいことが背後にあるのはわかっていても、本人は決して弱音を吐かず、ときにはユーモアを交え意欲的な発言を貫き通す。

 以前、愚問とは理解しつつ次のような質問をぶつけたことがある。すでにプロとして十分なキャリアを積み、余りある金銭も名誉も手に入れている。しかしながら、なぜ三浦大輔は常にハングリーでいられるのか? 答えは明瞭だった。

「やっぱ勝ったときとか、優勝したときの喜びっていうのかな、アレが一番大きいんですよ」

 チームとしては38年ぶりとなった1998年の日本一。決して忘れられない日々。

「当時、現役生活で1回は優勝をしたいなと思ってプレーしていたんですけど、実際に優勝してみたら、こんなにいいものなのかってすごく驚いたんですよ。あのときの感動は今でも忘れることができません。もう1回、引退までにあれを味わいたいっていうのが、自分を奮い立たせるモチベーションになっているのは間違いないです。ファンも本当に喜んでくれますからね」

 日本一はプロ野球人生においてこれ以上ない蜜の味。現状、DeNAにとってその可能性は、クライマックスシリーズで下剋上するといった形で残されている。

「あとは欲を持ってやるのもプロだと思うんですよ。あんまり言うといやらしく聞こえるかもしれないけど、やっぱりお金も欲しかったし、そしたらクルマも家も手に入れたい。プロに入ったときに思いましたもん。先輩たちのクルマや豪邸を見て、いつか自分も活躍して、ああなりたいなって」

 エリートではない叩き上げゆえのこうした正直さも三浦の魅力である。プロは夢を見ることのできる世界である。そしてトップ選手は若手選手の目標となり、またファンはもちろん、プロを目指す若きアマチュアたちに対し夢を与えなければいけない。余談だが、三浦は夫人に対し「現役中はクルマとかある程度、見栄を張らせてほしい」と、お願いしているという。

「じゃあ勝って稼ぐためにはどうするか。僕は恵まれた才能があったわけじゃなかったから練習をするしかない。本当は練習なんて嫌いなんですよ。けど、しなくちゃうまくならない。練習して実力を上げ、勝つべく投球術を考えたんです」

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最終更新:9/29(木) 13:03

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