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J3首位の栃木を支える異色のコーチは、元バルセロナ在住カメラマン

webスポルティーバ 9/29(木) 14:50配信

 Jリーグ各クラブの監督、コーチの供給元になっているのは選手だ。元選手が引退後に就く仕事。Jリーガーの再就職先。これが常識として浸透している。しかし海外に目を転じれば、プロ選手の経験がない監督はごまんといる。名監督も少なくない。「日本の常識、世界の非常識」と言いたくなる既成概念が、日本にはまだ存在している。

【写真】オランダのVVVフェンロで指導者としてスタートした藤田俊哉

 日本で、選手としての経験に乏しいながら、実績を残した監督として知られるのが、吉武博文(現FC今治監督)だ。2013年のU‐17W杯で日本をベスト16へ導いた監督。個人的には、「日本」という名のつくチームの中で最もよいサッカーをした監督との位置づけになる。彼は元教師だ。ただし、少年サッカーの指導者として名を残してきた実績があり、サッカー指導に一貫して携わってきたスペシャリストだ。

 元銀行員で、現在、ナポリ監督の座に就いているマウリツィオ・サッリのように、全く別の職種から転身してきたわけではない。しかしそのサッリとて、余暇を利用して下部リーグに所属するチームを指導してきた。

 30代半ばを過ぎて初めてサッカーの指導と関わるケースは珍しい。現在、横山雄次監督率いる栃木SCでヘッドコーチの座に就いている鈴井智彦は例外中の例外と言っていいかもしれない。

 元フォトグラファー。サッカーをメインに撮影してきたフリーランスのスポーツカメラマンだ。96年から08年までの12年間、バルセロナを拠点に、スペインのみならず欧州、そして世界を駆け回り、多くのメディアに写真を提供。サッカー通の読者には知られた存在だった。

 一応、赤襷(たすき)のユニフォームで有名な名門FC刈谷の出身で、大学時代は礒貝洋光、澤登正朗らがいた東海大体育会サッカー部(トップチームではなかったが)に属していた過去を持つ。だが卒業後は選手を辞め、サッカー専門誌を出版する会社に就職。企画、編集、ライティングを一通りこなすマルチな編集部員として働いた。

 その経験から、バルセロナ時代も写真を撮るばかりではなく、時に原稿も執筆。すなわち栃木の鈴井ヘッドコーチは、格好よく言えば「ジャーナリスト出身の指導者」ということになる。

 スペイン通、バルセロナ通は、この世界に少なからずいるが、僕の知る限り、鈴井コーチが一番だろう。現地で実際に数多くの取材をこなしているからだ。彼は、バルセロナ在住者ならではの独得の現地感を持ち合わせていたので、監督、選手のインタビューを行なう際の同行カメラマンとして、頼れる存在だった。

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最終更新:9/29(木) 14:56

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