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「変な日本語提灯」で話題になったタイの居酒屋、仕掛け人の日本人を直撃!

HARBOR BUSINESS Online 9/29(木) 16:20配信

「恥骨をノック」「ハエ死ね」「人生迷走中」といった妙な日本語が記された提灯や看板が店内にこれでもかと並ぶ。2015年5月、タイにあるこんな居酒屋が、ツイッターなどのSNSで拡散し、バイラルメディアやまとめサイトに取り上げられ話題になった。

 実は、この居酒屋を経営しているのは日本人。大阪出身の清水友彦氏、41歳だ。日本の居酒屋ビジネスに潔く見切りをつけて飛び込んできたのが、東南アジアの中心にあるタイ、バンコクだった。

 現在タイではネットで話題になった串カツなどを楽しめる居酒屋「しゃかりき432゛(しみず)」を中心に、首都バンコク、タイ東部のリゾート地パタヤ、日系企業の日本人駐在員が多い街シーラチャー、そしてミャンマーのヤンゴンにグループ合わせて19店舗の店を持つに至っている。

 和食ブームのタイには日本からも飲食業界大手が多数参入しているが、個人で進出してきた店ではここまで店舗数を伸ばしているところはほかにはない。

◆「おもしろいかおもしろくないか」が基準

「おもしろいかおもしろくないかを基準に鼻で動いている。おもしろくて、いけるんだったら拡大していく。ヤバいと感じたらすぐ引く」

 清水氏はこれまでアルバイトも含め、飲食店ばかりで働いてきた。20歳で結婚し、子どもがすぐに生まれた。当時社員として飲食店で働いていたがバイトにしてもらい、トラックにも乗った。そして、6年間働いて貯めた600万円で25席の串カツを中心にした「しゃかりき432゛」を大阪で始めた。26歳のときだ。

「最初は串カツでスタートして、もつ鍋を始めたり、かすうどんをラインナップに加えて、みたいな感じであまりコンセプトを立ててやっていなかった。ノリでやって毎日コロコロ方針は変わった」

 清水氏は基本的にノリと勢いで動いているという。そのポリシーで文化も言葉も違う外国でここまでのし上がった。その商才は結局どのように培われたのか。

「ビジネス的な嗅覚は親の離婚も関係しているのかもしれない。6歳くらいで今のオヤジと母親が再婚して、そのころから自然と人の顔色を見るようになった。人を楽しますことが元々好きだったというのもあるので、才能というよりは自然のものだったとも思う」

 6店舗まで順調に店舗を増やしていたが、限界も感じた。というより、勢いのあった清水氏には恐らく日本は狭かったのかもしれない。

「日本だと従業員が日本人だからすべてが見えてしまう。どこかで遊んでいると、社長のくせになんだって言われる。SNSも気軽に投稿できない。タイは社長は社長だからとあまり言われないが、日本では社長も従業員も一緒だというの目線があった。6店舗くらいの小さい店なら一緒に汗流している社長のほうが合う」

 清水氏は「これ以上は伸びない。売上のあるうちに店は売ってまおう」と考え、当時の店長や弟に300~400万円で安めに売ってしまった。現在、日本で「しゃかりき432゛」を名乗るのは2軒だけになっている。

「全部清算して、そのときのカネを全部持ってタイに来た。腐ってた。あれ以上自分でやっていたら絶対にダメになってた」

◆即決した「いわくつき物件」から始めて17店舗の一大チェーンへ

 バンコクにやってきて、最初に見た物件で即決した。日系企業も多い、スクムビット通りアソークにあるビルの地下。この物件はいわく付きというか、以前から入る店入る店が次々と閉店していっていた。そのため、在住日本人は当初冷ややかな目で清水氏を見ていたかもしれない。

 清水氏も最初からそのあたりは承知していたが、店内が正方形であったことと、エリア的に考えても破格の家賃だったことから理想的で即決した。鼻が利くと自負する通り、進出から4年経った今でも元気に営業しているし、撤退していく隣の店もすべて借り、今ではその地下の店はすべてグループ店になっている。

 そして2016年9月現在、タイ国内のみで17店舗にもなった。居酒屋のほかに焼肉やラーメン、寿司、お好み焼きなどの専門店もある。しかし、当初はここまで大きくなるとも思っていなかったそうだ。そこで新たな仕組みを考案した。少なくともタイでこれをやっている飲食店はほかで聞いたことがない。

「日本で仕組み作りに失敗したので、タイでは分配制にしてみた。勤続3年以上の従業員に新店舗出店の際、最大10%出資できるようにした。半月に1回、純利益の1%を受け取れる約束になっている」

 勤続3年以上の従業員に新店舗出店の際、最大10%出資できるようにしたことで、劇的な変化が起こる。モチベーションが上がり、新入社員も出資する先輩らを見て金を貯めようと努力をする。また、全店舗で40人いるスーパーマネージャーが、タイ人目線で意見を出してくれるようになったのだ。

「日本人にはわからない、タイ人の意見が聞けるようになった。それから、待遇も日本人タイ人、分け隔てなく平等にしていることで、タイ人から見れば待遇はいい。だから、今は離職率も低い。会社だけよくても、みんなで儲けた方が長続きすることがわかった」

◆「入ってきたスタッフの得意分野を始める」

 しゃかりきグループにはタイ国内に日本人従業員が14人いる。そのうちの何人かはしゃかりき日本時代の常連だ。そして、彼らのスキルやノウハウもあってこそタイのしゃかりきグループは成長した。

「日本人スタッフのノウハウで、例えば肉とか魚を知っている人が入社すれば新メニューとしてそれを始める。それぞれの従業員が得意な分野を始める、的なノリ」

 と清水氏は笑う。タイ東部のリゾート地であり、タイ随一の歓楽街でもあるパタヤに出店したのもパタヤに住みたい人を雇ったことが理由だった。むしろそれ以外に理由はない。

 もちろん、「ノリ」だけでは特に失敗もある。

「ミャンマーは日本人スタッフは誰も行きたがらなくて、日本人がゼロ。それに州ごとに検問があって、互いに仲が悪い。ひとつ検問を通っても次で引っかかる。トラックごと燃やされたこともあるとかしんどいことが多い」

 今後も「おもろい」を見つけて出店を続ける意欲があるという清水氏。

「催事も狙っている。ローカルに、あそこで食べたな、と思ってもらえるように。いい話ももらえるようになっていて、乾季だけに商業施設の前などで行われるビアガーデンを任せてもらえそうだ。全部屋台にして楽しませようと考えている。フィリピン進出も考えているけど、結構恐いところだと感じた。タイくらい目立ったら殺されてしまうのではないか。それくらい命がけになりそうなので、コシ据えてやらないとしんどいかな。ただ、ビジネスとしてはパイが小さい。たぶんやらないと思う」

 このあたり、彼なりの嗅覚がそう感じさせているのだろう。

◆次なる狙いは「日本」

 そして、一度は清算した大阪でも再び出店することを考えている。

「タイ人スタッフを送り込んで、しゃかりき432゛式のタイ料理店にする。料理だけでなく、タイ好きならばよくわかる、タイならではのあるあるネタをエンターテインメント的に仕掛けていく」などアイデアは尽きない。清水氏の挑戦はまだまだタイ絡みで続いていくことになりそうだ。

<取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:@NaturalNENEAM)、取材協力/しゃかりき432、しゃかりき432”バンコク>

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:9/29(木) 16:20

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