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盛り土は気になるけど、北方領土もね! - パトリック・ハーラン パックンのちょっとマジメな話

ニューズウィーク日本版 9/29(木) 18:00配信

<北方領土をめぐってロシアのプーチン大統領との首脳会談が開かれることになったが、日本国内で北方領土について議論されているのは聞いたことがない。2島返還はあり? なし? 返還後、ロシア人住民はどうなるの?>(9月に東方経済フォーラムで会談した安倍首相とプーチン大統領)

 北方領土が返還される・・・かも。

 微かながら、なんとなくそんな空気が流れ始めた気がする。なぜなら、12月に安倍首相が、地元山口県にロシアのプーチン大統領を招待し、北方領土を巡る本格的な首脳会談を行うことになったし、双方が過去のやり方に囚われないで新しいアプローチで努力することを誓っているからだ。

 確かに前進する希望的な要素は多い。プーチン大統領と安倍首相は二人とも、長期政権で政治基盤を固めてきたタカ派。つまり、自分の味方である保守派からの批判に怯えずに妥協ができる、国を動かせるリーダーだ。

 さらに、プーチンは柔道好きな親日派。安倍首相と気が合うし、日本からプレゼントされた秋田犬をとても可愛がっているという。この二人がみかん鍋を食べ、獺祭を飲みながらWin-Winを目指して話せば、僕らの島々は返ってくるだろう!

 ――ときどき、こんな趣旨の解説を見る。その気持ちもよくわかる。でも、その読み方はちょっと甘いんじゃないかな。ロシアは北方領土を70年以上支配して、その発展に多大な金と気力をかけてきた。そして、何よりも大事な不凍港や太平洋への航路は、北方領土を支配することで確保できる。相当おいしいみかん鍋じゃないと、プーチンは簡単に北の島々を返してくれないはず。
 
 でも、交渉は難しいけど、希望がある限り成功に向けて僕らも力を合わせよう。そう。一般の国民にもできることがある。それはずばり、議論をすることだ。

【参考記事】ロシアの最新型原潜、極東に配備

 その議論を通して北方領土に対する民意を確認しておくことは、交渉を成立させるために最も有意義だろう。objective(目的)とmeans(手段)を事前に決めておかないと交渉はうまくいかないものだ。交渉人となる安倍首相がテーブルに着く時に、「国民が何を望んでいるのか」と「それを実現させるためにどんな手段が許されるのか」などの「民意」を把握しないと、せっかく合意してもその条件を国民が受け入れない可能性が大きい(TPPのごとく?)。

 ということで、首脳会談がただの鍋パーティーで終わらないように、ここでその議論を始めよう。まずは目的。ちょっと復習になるが、交渉の結果として考えられる主な結果、いや"全ての"結果を挙げておこう:

 1)全土返還。北方領土の全土が日本に返還されること。
 2)部分的返還。北方領土の一部が返還されること。「2島返還案」が有名。全土返還を前提としての部分的返還が考えられる。
 3)所有権放棄。代替条件で日本が北方領土の所有権を放棄し、ロシアの永久支配を求めること。
 4)棚上げ。交渉を先送りし現状を維持すること。
 5)その他



 ・・・次に、目的を成し遂げるための手段、例えば、北方領土の返還を実現させるために何ができるのか、"全ての"選択肢を挙げてみよう:

 1)武力。極端だが、戦争をする選択肢はある。現憲法でできないなら、憲法を改正して戦争をすることや武力的な威嚇をする。
 2)経済的、外交的な圧力。非軍事的手段として経済制裁、国際裁判への告訴、国連の決議案などが考えられる。
 3)経済的、外交的な協力。天然ガスの長期輸入契約や日露の企業連携などの約束をし、島の返還を成す。
 4)購入や土地の取引。アメリカはロシアからアラスカを購入したこともあるし、中国とロシアは土地を交換して領土問題を解決したこともある。今回プーチン大統領は「取引はしない」と言っているが、選択肢としてあるはず。
 5)その他

 さて、意見交換を始めよう。あなたが考える、目指すべき目的と使うべき手段を教えてください。どうぞ。

 ・・・う~ん、聞こえてこないな~。

 当然のことだ。パソコンに向かって叫んでいる人なんていないだろうし、叫んでも聞こえるはずがない。でも、僕が言っているのは、違う話。

 読者のみなさんのように、国民も各々意見を持っているはずなのに、23年以上日本で暮らしている僕は、北方領土について議論をしている人をほとんど見たことがない。「北方領土は日本固有の地、返還されて当然だ!」という意見はよく聞くし、よく理解しているつもり。ただ、少数派でも「北方領土はいらない。変換してもらうための努力を他に回すべき」という意見がたまに聞こえてきてもおかしくないはずなのに、それは聞こえてこない。

 日本は和を尊ぶ国だからか、国民同士は反対意見を述べたがらないようだ。でも、異なる意見がないと議論が始まらない。議論がないと主張の正しさを精査できないし、考え方を鍛えられない。みんな、ちょっと空気を読みすぎてるんじゃないかな?

 そこで、空気を読まないアメリカ人として、議論の材料を提供させていただきたい。これから北方領土に関する質問をいくつか挙げる。それぞれに対して、複数の回答案を出すけど、大事なのはあなた自身の答え。ぜひ考えながらお読みください。

 では行ってみよう!



 まず、武力も、経済的・外交的な圧力ももちろんその協力にしたって、ほとんどの手段は莫大なお金がかかるはず。そこでクエスチョン!

 Q: 北方領土返還のため、日本はいくらまで使っていいと思う?一人当たりの税金負担の額で答えてください。

 続きを読む前にまずは答えを出してくださいね。もちろん「一銭も払わない。日本の領土だから!」がまず思い浮かぶが、それはちょっと非現実的な極論かな。他にも考えましょう。

 たとえば、僕だったらこう答えるかも:

 A: "僕は500万円を払ってもいいよ。この連載が500年続けばそれぐらい稼げるし。"

 でも、他の人はこう答えるかも: 

 A: 一人当たり1千万円でも1億円でもかまわない。天然ガスなどの埋蔵資源が確認されているし、漁業権も大きな利益になるはず。すぐに元がとれるだろう!

 またこんな考えも:

 A: 払わない、というか払えない!現在「全国で900近くの市町村が消えそう」(*1)と言われている。そんな借金大国の日本が、ゼロから創生しなきゃいけない地方を新たに抱えてどうするんだ! 逆にロシアが払うんだったら、領土を譲ってもいい。

 こんな、多少厳しい意見も含めて健全な議論だ。読者の意見と異なるかもしれないが、それが考えを鍛えるチャンスだ。

 では、こんな質問はどうでしょうか?

 Q: ロシアがクリミア半島を併合したことを受けて、欧米や日本は経済制裁を科したり、G-8の首脳会議に参加させなかったりと、ロシアの孤立化を図ってきた。訪日させて会談を行うことだけでもその体制が崩れ始めるとも思われている。例えば、北方領土が返還されるために、クリミア半島の支配を事実上認めることになってもいい?

 ここで2つだけアンサーを挙げてみる。

 A: 構わない。クリミア半島は併合を望んでいるロシア系の住民がほとんどだ。侵略で奪われた北方領土と事情が全く違う。そして何より、遠い半島より近い四島を!「日本ファースト」で考えるべきだ。

 もうひとつは:

 A: だめ。力による国際情勢の現状変更を許し始めたらきりがないし、南シナ海、尖閣諸島、竹島などにおいて日本の主張の基となる国際法の根拠が薄れる。

【参考記事】ロシアで復活するスターリン崇拝

 次も、似た問題に関するクエスチョン:

 Q: プーチンの訪日、首脳会議にアメリカは難色を示しているが、日米関係への悪影響を気にする必要はある?

 それに対して、頭に思い浮かぶ答えはこの3つ:

 A: ない! サンフランシスコ平和条約の時点で北方領土の問題を残したのはアメリカだし、その問題を解決するためには独自路線でいく。

 それに:

 A: ある! 安倍首相が5月にソチでプーチンと対談したときも、ロシアの下院議員が「オバマの政策、失敗の証だ!」と喜びの声をあげた。北方領土の具体的な進歩がない段階でロシアのプロパガンダに使われ、オバマ大統領の面子をつぶすのは良くない。強い日米関係があってこそ交渉は捗るはず。

 または:

 A: あるけど、オバマにも秋田犬をあげればいいんじゃないの?

 ちょっと遊んでみたけど、こんな単純なやりとりでもいいから北方領土のディスカッションをしてほしい。



 最近さらにこの「議論不足状態」に危機感を覚える。なぜなら、国民の間の議論が進んでいないのに、政府の北方領土政策の方針はどんどん進行しているから。その内容が発表されても、それについての議論が少ない。それこそ実際の交渉が始まるまでに取り上げないといけない課題だ。例えば、こんなQ&Aが聞きたい:

 Q: 政府が交渉の最低条件として2島の返還を挙げているが、どう思う?

 A: いい! 2島からスタートすれば最終的に全土の返還を狙えるはずだ。また、たとえ2島でとどまっても早期解決が望ましい。

 それとも:

 A: ダメ! 平和条約の条件として北方領土問題の解決を取り下げて「2島でいい」と発表した時点で、4島の返還を諦めたも同然だ。たとえ時間がかかっても、経済制裁や孤立が続く限り、ロシアの立場は弱まる一方なはずだ。無理な早期解決は日本にとって不利。

 そして最近のニュースからもう一つ:

 Q: 北方領土が返還された場合、ロシア人の居住権を容認する方針を政府が発表している。それでいいのか?

 A: だめ! 1万7千人もいるよ! 公的サービスを全部ロシア語で提供することはできないし、全員に日本語を話させるようにもできない。島が返還されても、日本の社会に溶け込めない外国人に事実上支配されていることになる。北方領土からは戦後、日本人が強制退去させられている。 返還後のロシア系住民も同じ扱いをすればいい。

 それとも:

 A: いい! 地方から大都市の人口移動、いわゆるIターンが騒がれている時代に北方領土に移り住もうと思う日本人の若者はなかなかいないだろう。返還された瞬間から機能していて、生産性のある町があってこそ北方の開発が見込める。ロシアとの関係改善にも、貿易の拡大にもつながるはず。

 今更だけど、議論はこんな質疑応答の繰り返しで異なった意見を引き出しぶつけ合わせるもの。そんなに難しいことではない。反対意見を言われたとしても、人格否定されているわけではない。逆に楽しくてためになるものだと思ってほしい。

 前からそう提言しているけど、今こそ大事なメッセージだ。北方領土に関して、国民間の議論が急務。ぜひ、「消えた盛り土」ばかりではなく「奪われた領土」についても熱く議論してもらいたい。

*1:日本創生会議発表

パトリック・ハーラン

最終更新:9/29(木) 18:00

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北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。