ここから本文です

非行少年→DCブランド店員→大学院進学→テキヤ→作家 異色の犯罪社会学者の半生

デイリー新潮 9/29(木) 8:00配信

■ヤクザの本音を引き出す

「東京の麻布に生まれとったら、ヤクザにはならへんかったろうな」
「中学の先輩でヤクザになった数は、両手の指では数えられんな。おれは、指の数少ないさかい、なおさらや」
 元暴力団員たちの生々しい証言が数多く収録されていることが話題の新書『ヤクザになる理由』。彼らの本音を引き出したのが、著者の犯罪社会学者、廣末登氏だ。
 実は廣末氏自身、かなりグレていた時期があり、それが彼らから話を聞くのに奏功したという面もあるという。異色の犯罪社会学者、廣末氏の半生を見てみよう。

■小学校に入学できず

 廣末氏は1970年に福岡市で生まれた。家庭は経済的には裕福ではなかったが、父親が大学の助手か講師をしていた関係で、本だけは沢山あったから活字に親しむ機会はあったという。
 ただ、父親の教育方針はかなり変わったものだった。
「教員や級友から、負の人格投影を受けるから(悪い影響を受けるから)」という理由で、廣末氏は小学校に入学させてもらえなかったのだ。そのため大体、日中は図書館か大学の中で放置されていた。
地元の教育委員会の強い働きかけで、やっと登校できるようになったのは3年生になる年齢からだ。
 途中からの入学ということもあって、当初はイジメなどにも遭ったが、喧嘩で負けて帰ると父親は家に入れてくれない。廣末氏は「喧嘩上等の日々」を送ることになった。

「当時の私は『野生のエルザ』と同じでした。人との接し方を学んでいないのですから。さらに悪いことに、私は少々吃音の傾向がありましたので、口喧嘩がうまくありませんでした。結果、手を出す方が簡単、と考えていたのです」(廣末氏。以下同)

■中学校でも喧嘩三昧

 中学校に入学する頃には成績も上位に入るようになり、平穏な学生生活を送っていたのだが、父親の仕事の関係で転校したことをきっかけに喧嘩三昧の日々となってしまう。

「転校先のM中は、九州最大の商業地区である天神が校区内にありましたから、不良の割合も多い学校でした。更生するには時間がかかりますが、不良になるのは急降下です。いや実に早いものでした。
 毎日やることは、万引き、タバコ、タダゲーム、カツアゲ、ナンパ……そんなところでした。薬物をやっていなかったのは幸いです」

 街中で補導員から「君、どこの中学なの。今時分何してんの」などと声をかけられると、「なんかきしゃん、関係なかろーが」などと凄む。バスの中でもくわえタバコという有様。
 完全にグレてしまったのである。

 結果、家裁送致は2回、交通裁判所にも1回送らることとなった廣末氏。
 福岡中央署の警部からは「今度は年少(少年院)ばい」と言われたという。
 ところが、この直後に転機となる出来事が訪れる。
 補導された警察署で、ある光景を目にしたのだ。

「リーゼント決めた兄ちゃんが、手錠、腰縄で警官に連行されていたのですが、彼は泣いていました。連行している警官は決して優しい態度ではありませんでした。この光景を、偶然見たことで、私は非行から足を洗い、軟派に転向したのです」

1/2ページ

最終更新:9/29(木) 8:00

デイリー新潮

記事提供社からのご案内(外部サイト)

デイリー新潮

新潮社

「週刊新潮」毎週木曜日発売
「新潮45」毎月18日発売

「デイリー新潮」は「週刊新潮」と「新潮45」の記事を配信する総合ニュースサイトです。