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泣く子の口を押えつけ…ブラック保育園の“虐待隠し”を、保育士が明かす

女子SPA! 9/29(木) 9:10配信

 上司からの嫌がらせで、仕事が続けられなくなるほど追い詰められてしまうこともある“パワハラ”。働く人の大半が女性である「保育園」も、パワハラの横行しやすい職場のひとつだそう。

 子どもに向けられる笑顔の裏に渦巻く、保育業界のブラックな素顔とは……? 職場環境に悩む介護士や保育士の駆け込み寺「介護・保育ユニオン」に声を上げたフミエさん(仮名・23歳)に、その実態をお聞きしました。

◆激務とパワハラで適応障害に

 従妹の世話をしたことがきっかけで、小学校低学年のころから「保育士になる」という夢を一途に抱いてきたフミエさん。

 資格取得のかたわらインターンなどで経験も積み、短大卒業と同時に、業界大手の認可保育園に採用されました(株式会社がチェーン展開する保育園)。長年の夢を叶えた喜びを胸にスタートを切った“先生”でしたが、目の当たりにした現実は想像を絶する世界だったといいます。

「園長や先輩保育士はなにひとつ教えてくれず、見よう見まねで保育にあたる日々でした。そのうえ、誰かが困っていてもみんな見て見ぬフリなんです。同時に泣き叫ぶ3人の乳児を私一人であやし続けたこともありました」

 さらに、残業代のつかない居残りをさせられたり、業務時間内で終わらないほどのデスク作業を強いられて、自宅に持ち帰ることも頻繁にあったそう。

 それでも「1年目だから」と文句ひとつ言わず、激務に耐えていたといいます。ところが、そんなフミエさんに追い打ちをかけたのは、園長からのパワハラ。

「ことあるごとに呼び出して、激しく叱責するんです。私が直接関わっていないのに『あなたのせいだ』と言われることも多々ありました。もっと努力しなきゃいけない、頑張らなくちゃって気持ちを奮い立たせていたのですが、めまいや吐き気に襲われることが増えて……」

 いくつもの病院を受診し「適応障害」との診断が下ったのは、入社して半年も経っていないころ。

 診断からしばらくは体調を優先させてくれたそうですが、間もなく「体調不良は気持ちの問題」「あなたは園に必要ない」など、再びパワハラを受けるようになったそうです。

◆全園児の前で「先生失格!」と罵倒され……

 そんなある日――運動会の練習中に、“事件”は起きました。

「私が子どもの列を正していたときです。全園児、全先生が見ている前で、園長がいきなり私を怒鳴りはじめました。『その言い方はおかしい!』から始まって、延々と私のダメなところをあげつらい、『先生として失格』『辞めろ!』とまで言われたんです」

 園長の感情だけで一方的に責められる状況。まるでみせしめのように全員の前で吊るし上げられ、フミエさんはその日を境に出勤することができなくなってしまいました。

 医師や保育園の上層部とも相談して2か月休職しましたが、状況は改善されず、適応障害の症状も悪化してしまったことから、退職を余儀なくされたそうです。

◆泣く子どもの口を押さえつける

 精神的に追い詰められてしまったフミエさんですが、「今度こそ」との思いを胸に、違う保育園で再び先生として働きはじめます。しかしそこでも、理想とはかけ離れた現実が待ち受けていました。

「ひとりの先生が、子どもが泣いたり騒いだりしたときにすごい力で口を押さえつけていました。園長もそばにいて目撃しているのに、注意するどころか気づいていないフリをしてその場を去ってしまうんです」

 これはまぎれもなく虐待だ――。

 同僚の虐待行為を報告しようにも園長が知らぬふりをするのだからと、意を決して本部に通告。ところが本部から帰ってきた答えは「あの先生がそんなことをするとは思えない」「まずはあなたから園長に話してみてよ」などで、まったくもって取り合ってくれなかったそうです。

「虐待がおこなわれているのに本部も園長も隠蔽しようとするので、思い切ってユニオンに相談しました。はじめの園と2園目それぞれにしかるべき対処をしてもらうために、今はユニオンのサポートを受けながら準備を進めています」

 パワハラや虐待を目の当たりにしてもなお「保育園の先生として働きたい」と語るフミエさん。彼女の起こした行動が、先生や子どもたちにとって“安らぎの場となる保育園”を増やすきっかけになってくれることを願わずにはいられません。

●介護・保育ユニオン http://kaigohoiku-u.com/

TEL:03-6804-7650

<TEXT/千葉こころ>

女子SPA!

最終更新:9/29(木) 9:10

女子SPA!

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