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近未来の“超大物”ハンターがデビュー ――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第190回(1995年)

週刊SPA! 9/29(木) 9:10配信

 近未来の“超大物”ハンター・ハースト・ヘルムスリー、つまり現在のトリプルHがWWEと正式契約を交わしたのは1995年3月。TVマッチに初登場したのは同年5月のことだった。

 トリプルH(本名ポール・レベック)は1969年7月、ニューハンプシャー州ナシュア出身。“キラー・コワルスキー道場”でレスリングを学び、1992年3月にボストンのインディー・シーンでデビュー。デビュー当時はテラ・ライジングというリングネームを名乗っていたが、翌1994年にWCWと契約しジャン・ポール・レベックに改名。ブルー・ブラッド(貴族出身)というキャラクターを演じた。

 コネティカット州グリニッジ生まれ、イングランドの特権階級の血をひくハンター・ハースト・ヘルムスリーというキャラクターはWCW在籍時代のそれの“焼き直し”ではあったが、WWEはキャリア2年のルーキーだったトリプルHのTVデビューにそれなりの時間をかけた。

 トリプルHが“マンデーナイト・ロウ”に初めて登場したのは5.14PPV“イン・ユア・ハウス1”の翌日、5月15日にニューヨーク州ビンガムトンでおこなわれた集中TVテーピングだった(5月15日、5月22日、5月29日の3週オンエア分の録画)。

 5月22日オンエア分のTVマッチに出場したトリプルHは、ジョン・クリスタルという無名選手とシングルマッチをおこない、スタンディング式ダイヤモンド・カッター(変形ネックブリーカードロップ)でフォール勝ち。リングコスチュームは濃い茶色のロングタイツと同色のリングシューズで、ストレートの金髪はきれいに後ろでポニーテールに束ねられていた。この時点ではまだ必殺技ペディグリーは使っていなかった。

 WWE世界ヘビー級チャンピオンのディーゼル(ケビン・ナッシュ)、ショーン・マイケルズ、レーザー・ラモン(スコット・ホール)、123キッド(ショーン・ウォルトマン)の4人が“クリック”という派閥を結成し、リング上で起きるもろもろのできごととバックステージでのポリティクス=政治面を同時にコントロールしはじまったのはちょうどこのころだった。

 トリプルHのスター・ポテンシャルの高さに目をつけたクリックは“新顔”をすぐに自分たちのグループにひっぱり込んだ。4人組はトリプルHのルーキーらしからぬたたずまい、目の輝きを見逃さず「あいつは大物になるぞThat guy is going to be a big deal」と口をそろえた。

 1995年から1996年にかけてはWWEのバックステージにさまざまな異変が起きた。ライバル団体WCW(ワールド・チャンピオンシップ・レスリング=ジョージア州アトランタ)が1995年9月、月曜夜の新番組“マンデー・ナイトロ”の全米生中継をスタートさせたのと同時にレックス・ルーガーがWWEを退団し、その翌日に“古巣”WCWに電撃復帰してビンス・マクマホンをおおいにあわてさせた。

 WCWによる引き抜きの“魔の手”はWWEのいちばんディープなところまでおよび、1996年にはトリプルHにレスリング・ポリティクスをレクチャーしたナッシュ、ホール、ウォルトマンの元祖ウルフパックの3人が相次いでWCWに電撃移籍。アメリカのプロレス史の大きなチャプターとなる“ロウ”対“ナイトロ”の月曜TV戦争が本格化した。

 1996年から1997年にかけてのWWE世界ヘビー級王座をめぐる闘いは、“ヒットマン”ブレット・ハートとショーン・マイケルズのふたりのパーソナルな闘争へと変貌をとげ、この長編ドラマは1997年11月の“サバイバー・シリーズ”における“モントリオール事件”でひとつの決着をみることになる。

 キャリア2年の新人だったトリプルHは、全米ツアーの移動中のドライバー役をつとめながら、クリックがハンドリングしたバックステージのナマの政治ドラマ、WCWからの主力選手の引き抜きの“魔の手”、ショーンとブレットの人間関係とそのゆがみのようなものをいちばん近くで目撃することになる。

 英国貴族の末えいを名乗るハンター・ハースト・ヘルムスリーに用意されていたポジションはとりあえず第1試合のシングルマッチだったが、試合をやっていないときのトリプルHは、クリックによる“集中講義”のおかげで敵と味方の見分け方、勝つことと負けることのそれぞれの意味、話すべきタイミングと沈黙するべきタイミング、“プロレスの力学”のなんたるか、を短期間で身につけてしまったのだった。(つづく)

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス講座」と書いたうえで、お送りください。

日刊SPA!

最終更新:9/29(木) 9:10

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