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株式会社全日警 | ビジネスパーソン研究FILE

就職ジャーナル 9/30(金) 10:00配信

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株式会社全日警

たかさご・まさし●警務本部警務部常駐警備課 主任。甲南大学経済学部EBA総合コース卒業。2007年4月入社。大学1年時より全日警で阪神甲子園球場の警備アルバイトを続け、阪神タイガースの試合で、約20名の社員が約160名の警備アルバイトを統率している姿に感銘を受ける。人を引っ張る力に加えて、コミュニケーションもとれている組織に魅力を感じ、インフラ企業やコンサル企業などからの内定を辞退して、同社への入社を決めた。
■ 3年8カ月の雑踏警備や施設警備の経験から、柔軟な対応力を体得

大規模複合施設、新幹線の駅構内や車両、空港、機械警備、その他施設やイベントなどのセキュリティサービスを提供している全日警。学生時代から全日警で阪神甲子園球場の警備アルバイトを続け、2007年に新卒入社した髙砂 仁さんの初仕事は、阪神甲子園球場警備隊と大阪アメニティパークタワー(以下、OAPタワー)警備隊での警備だった。
「阪神甲子園球場では、プロ野球や春と夏の高校野球、アメフトの大学選手権、コンサートなど、人が集まるイベントが数多く開催されています。混雑する会場で来場者が危険な目に遭わないよう、誘導や警戒を行うのが雑踏警備の仕事です。そして、阪神甲子園球場のイベントがない日は、大阪市北区にあるOAPタワーでの施設警備に当たっていました」

 

阪神甲子園球場の警備経験が豊富だった髙砂仁さんは、いきなり班長に指名される。警備隊長、副隊長に次ぐ立場として、モニターが設置された本部で警備全体の動きを見ながら、人員の配置調整や連絡事項の伝達、警察など社外との連絡窓口を任されることになった。
「社員として警備に当たるようになって、アルバイトとは責任の取り方が違うことを実感しました。アルバイトは施設に対する責任だけですが、社員は、施設に加えてアルバイト隊員に対する責任も負わなければならない。会社の看板と隊員を守りながら、必要に応じて来場者に頭を下げに行ったり、時には頭を下げずにきぜんと対処するという判断が求められるのです」

 

責任の重さを痛感しながらも、やりがいを感じるようになったのは、3カ月が経過するころ。
「球場全体に目を光らせ、160人にも及ぶ隊員の司令塔として全体を動かし、来場者を安全に送り出し終えた時の安堵感と達成感は格別です」

 

一方で、オフィスなどが入る39階建てのOAPタワーでは、防災センターに詰めてモニターを監視しながら、防犯・防災管理を行う施設警備に就いた。3年8カ月間のさまざまな警備経験から、髙砂さんは“相手に合わせた柔軟な対応”を体得した。
「阪神甲子園球場での雑踏警備では、傷病者に『大丈夫ですよ』と優しく声をかけることもあれば、トラブルメーカーに威圧感を与え、きぜんとした態度で退場を促すこともあります。一方、OAPタワーでの施設警備は、オフィス入居者に気持ち良く仕事をしてもらうことが最優先。ここでは、警備の存在感や威圧感を消して柔らかく接する “ぬくもりのある警備”を学びました」

 

メンバーとミーティング。屋外で働く警備員の熱中症対策や、最近話題のスマートフォンのゲームの利用者への注意喚起などについて話し合う。

 

■ グランフロント大阪での人脈を生かし、さらに大規模な雑踏警備の受注を狙う

10年、髙砂さんは警備現場を離れ、大阪支社の警務部に異動。警備現場と会社との意見調整や警備員の教育などを行う事務管理、雑踏警備の企画・運営などに携わることになった。
「現場では、施設を第一に考えていれば良かった。ところが、管理する立場になると『その警備業務は利益につながるのか』『この警備は契約先にとって適正なのか』という広い視野で判断していかなければならない。最初は、それが大変でした」

 

全国高校駅伝などの雑踏警備では、主催者と打ち合わせを行い、予算や要望をヒアリングして警備計画と見積書を作成し、当日は制服を着て警備にも当たった。
「こうした警備は、周辺住民に理解を得たり、警察や消防署に協力を仰いだりと、多角的な調整が必要。社内では、いつしか『人が集まる雑踏警備は髙砂にやらせろ』と言われるようになっていました(笑)」

 

12年、髙砂さんに大きなチャンスが訪れた。13年4月にオープン予定の巨大複合施設「グランフロント大阪」の雑踏警備を、オープンから1カ月半にわたって担当することになったのだ。約7ヘクタールにも及ぶ広大な面積を持つグランフロント大阪の開業は、“街づくり”に匹敵する注目のプロジェクトである。1日30万~40万人の来場が予想されるため、数百人の警備員を動員するかつてない規模になりそうだった。

 

敷地全体の常駐警備を請け負うことが決まっていた全日警の社内では、雑踏警備も引き受けることに対して「人員確保が難しい。荷が重すぎるのでは…」という意見もあった。しかし、その話を聞いた髙砂さんは「面白い。ぜひやりましょう」と自ら責任者を買って出たのだ。こうして、開業1年前から準備がスタートした。
「オープン時の印象が、その施設の将来を決めるといっても過言ではないので、オープニングの安全対策は施設側も重要視していました。かなりの重責でしたが、これほど大規模な案件に携われることにワクワクしました」

 

まず手がけたのは、オープン時に1日何人ぐらいの来客があるかの試算。テナントとなる事業者の見込み数などを参考に「何時ごろ、どんな目的を持った人たちがどのように移動するのか」を、駅からの導線や建設図面を基に予測した。
「一見、警備には関係なさそうな視点ですが、この分析を基にどんな警備が適切かを考えていくのです。それまでの仕事は警備業界の知識だけで対処できましたが、今回は客層の分析など他業界のビジネス視点も必要に。おかげで、知識の幅が広がりました」

 

施設側と協議を重ね、雑踏警備の体制が決定したのが、オープン5カ月前。警備計画に不備がないかを確認してもらうため、髙砂さんは、その案を持って警察署や消防署を訪問した。
「行政との連携は欠かせません。オープン直前までに、20回ぐらいは案を出し直しました」

 

ついに迎えたオープン日には、制服を着て自ら現場に立ち、1カ月半に及ぶ警備は何事もなく終了した。
「関係者の慰労会で、施設担当者に『雑踏警備だけで億単位の発注だったから、こんな若い責任者で大丈夫なのかと心配だった。でも、髙砂さんに任せてよかったよ!』と言ってもらえて、肩の荷が下りました。プレッシャーはありましたが、街づくりのスケール感を味わえたのは貴重な経験。多くの人たちと出会うこともできて、この人脈が今の私の財産になっています」

 

16年4月からは東京にある本社の警務部で、全国の支社に対する総括的な指導に当たっている髙砂さん。
「目標は、グランフロント大阪を超える規模の警備を受注し、成功させること。全日警は施設警備が主力ですが、私が目指すのは雑踏警備のプロフェッショナル。社内には数少ない存在なので、その第一人者であり続けたいと思っています」

 

メンバーとの話し合いで決定した内容を踏まえ、全国の支社への通達文書作成を行う。支社からの急ぎの相談電話やメールにも、すみやかに対応する。

 

■ 髙砂さんのキャリアステップ

STEP1 2007年 新入社員研修で、警備員の心構えなどを学ぶ(入社1年目)

4月に入社し、6泊7日の新入社員研修に参加。約250名と泊まり込みで、警備業の心構え、制服のきちんとした着方や立ち方、敬礼の仕方、言葉遣い、警察官との違いや警備員として知っておくべき法律などを学ぶ。アルバイト時代にも同じ研修を受講していたが、「警備員は人の安全を守る仕事。しかし、立場は一般人と同じなので、法規制の中でできることをわきまえなければいけない」ということを再確認した。

STEP2 2007年 アルバイト経験を買われ、いきなり雑踏警備の班長に抜てき(入社1年目)

5月、大阪支社に配属となり、阪神甲子園球場警備隊とOAPタワー警備隊にて警備業務に従事。阪神甲子園球場でのイベントがない日は、OAPタワーの常駐警備に加わった。阪神甲子園球場での豊富な警備経験が買われて班長に抜てきされ、つい最近まで一緒に働いていたアルバイト隊員や同期の新人を指揮することに戸惑いはあったが、組織としての命令系統を守るため、仕事では一線を引いて上に立った。

STEP3 2010年 大阪支社の警務部にて、事務管理や雑踏警備の企画を経験(入社4年目)

12月、同じ大阪支社で警務部に異動。支社管轄警備隊の事務管理業務、雑踏警備などの企画・運営に携わる。経営者目線で会社の方針を考え、警備に携わる現場の人たちに伝えたり、現場の意見を吸い上げて会社と調整したりする“現場と会社のパイプ役”を担った。指導書やりんぎ書、訓練計画などの書類作成のデスクワークが中心となる。13年4月に開業したグランフロント大阪のオープニングの雑踏警備に、開業1年前から責任者として携わり、警備を成功させた。14年、主任に昇格。

STEP4 2016年 東京本社の警務部にて、全国の支社に対する総括的指導に携わる(入社10年目)

4月、総合職に転向して東京の本社に異動。警務本部警務部に配属となり、全国の支社に対する総括的指導や後方支援を中心に、全国に店舗や支社を展開している企業から警備を複数の支社で請け負っている案件(全国ロット物件)の窓口などを担当している。グランフロント大阪の案件で、名刺800枚を配って築いた人脈が東京にも広がっているので、グランフロント大阪を超えるプロジェクトの実現を目指し、その時のメンバーと頻繁に会って情報交換している。

■ ある日のスケジュール

9:00 出社してメールチェック後、各支社への通達文書作成などのデスクワーク。
11:00 営業部とミーティング。営業が提案を予定している警備内容について検証する。
12:00 ランチ休憩。ダイエット中なので食事は控え、インターネットで情報収集。
13:00 デスクワーク。支社からの電話やメールに回答。
15:00 部内ミーティング。会社の方針づくりについて話し合う。
16:00 資料作成などのデスクワーク。
18:00 退社。グランフロント大阪の時に知り合った社外の人たちと、飲みに行くことが多い。
■ プライベート

16年6月、クロスバイクを購入。車は大阪に置いてきたので、東京では自転車ライフを満喫。「購入直後に転倒してけがをしましたが(笑)、先日は片道70キロの遠乗りに挑戦しました」。

 

15年2月ごろ、大阪の鍋料理店にて。大学時代の1年間、一緒にニューヨーク留学した仲間と集まった。「東京に転勤後も、月2回は大阪に出張するので、友人たちとよく飲みに行きます」。

 

写真は14年の夏に友達と徳島と香川をめぐった時に撮ったもの。「この時は川遊びとうどんを目的に出かけました。うどん屋さんを5軒ほど回って食べ過ぎました(笑)。また、この後川で転んでしまい、ビショビショになって帰りました…」。

 

 

取材・文/笠井貞子 撮影/刑部友康

最終更新:9/30(金) 10:00

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