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AIが発達すると、あなたの生活に「アート」が不可欠になる理由

NIKKEI STYLE 9/30(金) 7:00配信

 日本ではアート作品を購入する人は少ないが、美術館を訪れる人は多い。美術館の歴史はそもそも、18世紀のフランス革命により、王侯や貴族の所有物だった美術品が庶民へと解放されたことから始まっている。美術館の成り立ちには「アートの民主化」が関係しているのだ。森美術館館長の南條史生氏によれば、近年、その流れを加速する動きも盛んになっているという。加速させている1つの大きな要因はIT(情報技術)だ。
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 2009年秋、森美術館では『医学と芸術展』を企画しました。2016年7月から2017年1月9日までは『宇宙と芸術展』を開催しています。この2つの展覧会、じつは2つで1つともいえます。

 医学はミクロ、宇宙はマクロの世界ですが、掘り下げていくと両者は微細な物理学の分野へと行き着きます。医療の最先端に関係している遺伝子工学は、突き詰めていくと分子生物学になり、宇宙の成り立ちにもつながっていく。

 じつは、このように異なる分野を総合的な視点でつないで見せることができるのが、アートの魅力です。つまり、アートは科学・技術と近く、社会問題を批評的に議論する場にもなり得る力を持っているのです。

■AIが発達するとアートが重要になる?

 科学の発達に関しては、最近、こんな話もよく耳にします。AI(人工知能)が発達すると、労働生産性はかなり向上する。生活のために働かなくてもいい世の中になれば、人間にとって残された最大の課題は、死ぬまでの時間をどうやってつぶすかになっていくでしょう。その時に求められるのがアートとスポーツだ、との予測もあります。

 欧米は日本に比べるとアートを売買するコレクターも多く、マーケットも成熟しています。作品の価値は資産としても認められ、長年培った売買のシステムが価値を支えています。これが本来あるべきアートと社会との関係だという見方からすれば、日本はそれが非常に弱いことにもなる。

 一方で、まったく違った見方も成り立ちます。「アートの民主化」を先導する最先端に、日本があるという考え方もできるでしょう。

 じつは、日本ではアートを買う人は少ないのですが、美術館を訪れる人の数は非常に多くて、各地では今、地方芸術祭も盛んに開催されています。加えて、アートを「体験」の一種として楽しむ人も増えています。

 それを象徴するのが、瀬戸内海の直島、豊島、犬島を舞台に展開されている「ベネッセアートサイト直島」の例です。瀬戸内の自然や地域固有の環境の中に、アート作品を置く。するとアートを頭で理解するよりも、それがある場所へ行き、そこに流れる空気や日差しの中でアート作品を見るという総合的な体験が重要になってきて、直島には今、そういう人たちが観光客になって押し寄せてもいます。

 今日の日本で、経済か文化のどちらが大事かと聞けば、多くの人は経済だと答えるでしょう。しかし、文化というのはあまねく我々の生活を満たしているものであり、経済さえも包み込んでいるもの。ですから、経済は文化の一部であるともいえます。

 日本各地で多数の地域名を冠した芸術祭が開かれ、そこで、これまでにはないコミュニティー型アートが生まれている。しかも、それは市場で取引されるような高級な絵画や彫刻ではなく、行為やパフォーマンス、あるいはワークショップのような形態を取っていて、地域住民が参加しながら楽しめるものになっている。

 批評家からは、「これを本当に上質のアートと呼べるのか」という批判も出ていますが、多くの日本人がこのような参加型作品を楽しんでいるのだとすれば、それはそれで意味があることなのではないか、とも考えてしまう。

■「アート」とは何か、が問われている

 歴史を遡れば、江戸時代の日本人は、小唄、端唄、俳句、お茶、お花、土という多様な趣味に没頭していました。それと今日のコミュニティー型アートの隆盛は状況が似ているのかもしれない。それを「退化」と捉えるのか、あるいは「進歩」と見るべきなのか、は難しい問題です。

 いずれにしても、現代アートは社会を反映しています。アートとは何かを考えることは、今、私たちが生きている社会を考えることにも通じる。

 先にも触れたように、1980年代半ばまで、アートシーンの中心は日本でした。80年代後半から90年代半ばにかけて、その焦点は韓国へと移っていった。その後が中国、そしてインド。現在は、インドネシアを中心とする東南アジアの現代アートに注目が移っています。
 もうひとつの注目すべき変化は、写真共有アプリ「インスタグラム」など交流サイト(SNS)を通じて、アートを見る人が増えているということ。SNSで見た際、より見栄えのする作品が拡散していく流れも生じています。

 おそらく、近い将来アーティストも、こうした変化を意識せざるを得なくなるでしょう。その結果、アートの形状がよりモニュメンタルなものに変化していく、とも考えられます。これはあくまで私の仮説ですが。
南條史生氏(なんじょう・ふみお)1949年東京都生まれ。72年慶応義塾大学経済学部卒、大手信託銀行入行、73年退行。76年文学部哲学科美学美術史学専攻卒。国際交流基金などを経て2002年開館準備室から森美術館副館長、06年から現職。ベネチア・ビエンナーレなど国際展のディレクターや審査員を歴任。07年、美術を通じた国際交流への功績で外務大臣表彰。16年6月、仏政府から芸術文化勲章「オフィシエ」。近著に『アートを生きる』(角川書店)がある。
(ライター 曲沼美恵)
 前回掲載「アートで食える? 慶応経済卒の銀行マン、なぜ転身」、前回掲載「森ビル会長が六本木ヒルズ最上階に美術館を創ったわけ」では、アートの世界に転じ、森ビル前会長の故森稔氏と出会うまでを聞きました。
「キャリアの原点」は原則木曜日掲載です。

最終更新:9/30(金) 7:00

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