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本日開館! 田根剛に聞く〈エストニア・ナショナル・ミュージアム〉の見どころ

Casa BRUTUS.com 9/30(金) 20:20配信

建築界はもちろん、ファッション、アート界も含め、現在最も注目される若手建築家といえば、パリを拠点とする建築事務所DGT.を率いる田根剛だろう。

それまでは無名の存在だった田根が注目を集め、そしてDGT.結成に至るきっかけを作ったのが〈エストニア・ナショナル・ミュージアム〉のコンペティションだ。

2005年、エストニアの国、民族の歴史や文化を集約する博物館を作るべく、国際コンペティションが開催された。田根は、他の建築事務所で働いていた友人のダン・ドレル、リナ・ゴットメとともに、コンペに参加した。そして2006年、26歳の若さで見事最優秀賞を勝ち取り、DGT.を設立。それから10年、〈エストニア・ナショナル・ミュージアム〉がこの秋ついにオープンする。建物の竣工を終え、開館を目前に控えた田根に現在の心境を聞いた。

Q いよいよ10月1日にオープンが迫りました。現在の心境は?

言葉がみつかりません。20代後半からの10年間、自分の人生を注いだ仕事がいよいよ出来上がる。それがまだ実感として掴めていないのです。ここに辿り着くまでの間、あまりにもたくさんの事がありました。完成する喜び、そして恐怖、不安と緊張、期待、感謝、それから別れと始まり……。オープンを考えると、いろいろな思いが交錯し、それらが感情を掻き立てます。それでも、ミュージアムがオープンすることで何かが変わる、それは確かだと思っています。

Q 竣工した建物を見て、どのように思われましたか?

驚きました。そして建築ができることに感動しました。このミュージアムは本当に大きく、さらに暴力的なくらい長いんです。10年前には何もなかった手つかずの地に、多くの人が携わり作り上げました。それは文明の始まりのように、何もないところに建築を作り上げるような光景でした。36か月かかった現場でも、どんどん建物が出来上がって行き、そしてそれを人々が作ってゆく姿に何度も心を動かされました。ここからエストニアの歴史が変わる。完成した建物の中に入り、そう感じました。

Q 途中、EUの経済破綻によるプロジェクトの長期休止など多くの紆余曲折があったと思います。コンペから竣工にいたるまでの間に起きた出来事で、最も心に残ることは?

国際的なプロジェクトでは多々起こる問題なのですが、エストニアでは、設計者とエンジニアの進め方が違う点がいくつもあり、かなり悩まされました。またエストニアにとって初めての国家プロジェクトでしたが、それをまとめるには自分たちはあまりに若く経験や実績がありませんでした。エンジニアとの打ち合わせが前に進まないこともたびたびありましたし、施主からの予算削減に対する設計変更などが続いた2009年は、月に2度の打ち合わせに出席するのが苦痛な時期もありました。

しかし、ある打ち合わせの後、4年に一度、3万人が合唱するエストニアの伝統的なイベントを見に行く機会がありました。野外劇場で行なわれる会場に集まった10万人以上のエストニアの人々の顔を見た時、「この人たちのために建築を作っているのだ」と、自分の仕事が考えていた以上にエストニアの人々にとって大切で大きなことなのだと思え、そこから吹っ切れました。

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最終更新:9/30(金) 20:20

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